新人戦ピラーズ・ブレイク三回戦、雫は悠々と勝ち抜き、深雪も決勝リーグには残れるだろうが、残る一人はそう易々と勝たせてもらえそうになかった。
一高の新人生ピラーズ・ブレイクの残り一人、明智英美の対戦相手は彼女が最も当たりたくなかった相手だったのだ……
「如何しよう達也さん、本当に師補十八家を相手にするなんて思って無かったよ」
一回戦の前に空元気で何とかなると思いこんだのだが、実際に当たってみるとそんな意気込みでは如何ともならないのだと思い知らされた。
一色愛梨、師補十八家『一色家』の令嬢で、深雪と並ぶピラーズ・ブレイクの優勝候補だ。
「エイミィも籤運が無かったな」
「達也さん、何でそんなに楽しそうなんですか」
エイミィはかなり不安そうな表情をしてるのに対して、達也は少し楽しそうな笑みを浮かべていた。
「これに勝てればエイミィだって優勝の可能性が出てくるんだぞ? 相手が強大だからってやる前から負けるつもりなんてらしく無いだろ」
「そうですけど……でも、深雪と並んでの優勝候補相手に、私が太刀打ち出来るかどうか分からないじゃないですか……」
愛梨の試合を見た達也は、確かにエイミィの実力では
「エイミィ、師補十八家の人間に勝ちたいか?」
「そりゃ勝てるなら勝ちたいですが……」
「なら構わず攻めろ。相手の攻撃も自陣の防御も一切気にせず力の限り攻めるんだ」
「えっ……でもそれじゃあ相手に氷柱を全部砕かれちゃいますよ?」
「はっきり言えば、君の実力じゃまともにやっても勝てない可能性の方が高い」
あえて厳しい言い方をした達也を、エイミィはジッと見ていた。それほど長い付き合いでは無いが、エイミィには達也が相手を意味も無く傷つけるような言い回しをする人間には思えなかったのだ。
「だからまともじゃない戦法で挑めば、確率は上がる」
「ですが……それでも私が負ける確率の方が高いですよね」
「そうだね。今の気持ちのままじゃ勝てる試合も勝てないだろうね」
「気持ち?」
エイミィはいよいよ達也が何を言いたいのか分からずに首を傾げた。自分は何を言われてるのだろう。自分は何がいけないのだろう。そんな事がエイミィの頭を駆け巡ってると、不意に達也が立ち上がった。
「君の良い所は絶望的な状況でも笑顔を忘れない事だと、俺は思う。練習の時に雫相手に善戦した時も、君はずっと笑顔だったからね」
「見てたんですか!?」
あの時は達也が居なかったと思いこんでいたエイミィは、達也の言葉に驚く。だが今はそれは重要では無いと思いなおし真剣な表情を作り直した。
「相手が誰だろうと立ち向かい、そして試合を楽しむ。何時も通りに出来てるのなら自ずと結果はついてくるさ。俺も微力ながら手伝わせてもらおう」
達也のサポートが微力だなんて、一高一年女子の誰もがそんな事を思わないだろう。だがあえて達也がそう言ったのは、CADの力では無くエイミィ本人の実力でも勝てると思わせる為だった。
それが分かったのか分からないのかは定かでは無いが、エイミィはさっきまでの不安でいっぱいの表情から何時もの明るい笑顔を取り戻していた。
「そうですね! 達也さんがついてくれてるんですから! 私はチャレンジャーとして師補十八家の令嬢にぶつかって来ます!」
「その意気だ」
気合の入った表情で櫓に登ろうとしたエイミィだったが、肝心なものを忘れた。
「エイミィ、CAD」
「あっ……」
意気込んだは良いが空回ってる感が否めないエイミィだが、達也はその事を指摘する事はしなかった。結果は如何あれ、エイミィは戦わずして負ける事はしなかったのだから、それだけでも価値は十分にあると思っていたからだ。
結果としてエイミィは自陣の氷柱を一本残して愛梨に勝利する事が出来た。達也のアドバイス通り、自陣を一切省みず攻め続けたおかげで、愛梨も無駄に焦り隙を生んだ。王道の攻め方を善しとしていた愛梨にとって、エイミィの攻め方はまさに予想外だったのだ。
エイミィの勝利を確認したのとほぼ同時に、達也は次の試合の為に移動を余儀なくされていた。控え室に向かう廊下の途中で、達也の前に立ちふさがるように立っている二人の三高生がそこに居た。
「三高一年、一条将輝だ」
「同じく、吉祥寺真紅郎です」
「一高一年、司波達也だ。それで、『クリムゾン・プリンス』と『カーディナル・ジョージ』が、いったい何の用だ」
切れ長の目を更に尖らせて達也が睨みつけると、二人は少し怯んだように後ずさる。だがそれで逃げ出すほど相手も弱くは無い。
「俺だけじゃなくジョージの事も知ってるのか」
「『しば・たつや』……聞いた事無い名ですね。ですが二度と忘れる事は無いでしょう。九校戦始まって以来の天才エンジニアが、どんな人間なのかを、試合前に失礼かと思いましたがその顔を見に来ました」
「若干十三歳で基本コードの一つを発見した天才少年に『天才』と称されるは恐縮だが……確かに非常識だ」
真紅郎は失礼と言っただけだが、達也はあえて非常識と言った。身長差もあって真紅郎を見下ろすような体勢を取っていた達也だが、不意に視線を横に逸らし、深雪に話しかける。
「深雪、少し時間がかかりそうだから先に控え室に行ってろ」
「分かりました」
達也に一礼をして深雪は、そこに何も無いかのごとく廊下を進んで行った。その姿を名残惜しそうに追った将輝を見て、達也は呆れたのを隠そうともせずに言い放つ。
「……プリンス、そろそろ試合じゃないのか」
達也の呆れたのを全開に伝えてくる言い方に、将輝は焦る。まさか自分の視線を辿られてたとは思って無かったのだろう。
「僕たちは明日のモノリス・コードに出場します。君は如何なんですか?」
「そっちは担当しない」
「そうですか。いずれ君とは戦ってみたいですね。もちろん勝つのは僕たちですが」
安い挑発をしてくる真紅郎を一瞥しただけで、達也はそれ以上の興味を失った。深雪同様、そこに何も無いかのごとく通り過ぎ、深雪の待つ控え室に入った。
「彼らは何をしに来たんだ?」
「お兄様、偵察ですよ」
素で何をしに来たのかが分かってない達也に、深雪は若干笑い声でそう言った。
「偵察? すでに社会的地位も名誉も手に入れてる二人が、一介の高校生に興味を持つか?」
「お兄様は自己評価が低すぎです! この大会で数々の功績を残されてるお兄様に興味を持つのは当然なのです!」
深雪の言い分に若干圧されながらも、達也は何とか苦笑いで済ます事が出来た。達也としては当たり前の事を当たり前にやってきただけなのだが、それが周りには高く評価される事だったのだと初めて自覚したのだった。
そしてその証明と言う訳では無いが、深雪は三度圧勝して決勝リーグにコマを進めたのだった。
将輝も一高の噛ませ同様ですかね……彼ほどはモブ扱いにはならないでしょうけども……