劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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監視さえなければもっと激しいですが……


達也の闘い方

 達也がスクールに到着したのは、襲撃を受けてから十分弱が経過した時点だった。深雪がセーフルームに避難した、およそ五分後だ。達也は襲撃されたと連絡を受けたわけではない。不法侵入者の通信妨害は、情報部が関与しているのでなければ不可能なレベルで完璧だった。八雲からも深雪が標的になっているという情報は得ていない。彼自身が受けた襲撃の手応えから、それが陽動だと推理したからでもなかった。

 達也がここに来たのは、深雪の安全を確保する事が彼の最優先事項だからだ。既にスクール内で戦闘は行われていない。だが、暴力的な侵入が行われたことは一目瞭然だった。

 もっとも、それを見ても達也に動揺は無い。深雪が傷一つ負っていないことは、肉眼で見なくても分かる。深雪が何処にいるのかも「情報」に意識を向けるだけで分かる。それと同時に、複数の気配が深雪から約十メートルのエリア内に集まっているのも分かった。

 深雪の居場所を知ったのは、エレメンタル・サイトで。侵入者の居場所を突き止めたのは、気配を読む技術で。情報の精度は前者の方がはるかに上だが、ろくに隠蔽もされていないこの状態ならば気配を読み違えることもない。達也はまるで気負う事なく、踏み荒らされた男子禁制の花園に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スクールの監視カメラをハッキングして得ている映像を見ながら、つかさは自分に気合いを入れるよう命じた。

 

「(色々と予定から外れてしまいましたが、いよいよ本番ですね)」

 

 

 自分の心を、第三者のように感じる歪み。希薄な自我同一性しか持ちえない所為で、食べる事、眠ることといった自分の生命を維持するために必要な行動すら疎かになってしまいがちな人間としての欠陥。それは十山家が力を手に入れた代償だ。スクールには米軍のスターダストを改造したパペットだけでなく、彼女の私的な部下も送り込んである。

 

「隊長」

 

「何だね、曹長」

 

「オペレーションに入ろうと思います。席を外しても宜しいでしょうか」

 

「――分かった。許可する」

 

「ありがとうございます」

 

 

 指揮官の少尉は訝し気に眉を顰めたが、命令系統を破壊するような横暴な要求をされるくらいなら、いなくなってもらった方が良いと考え、少尉はつかさの申し出を幸いと、彼女を追い出す事にした。つかさは自分が邪魔者扱いされているのを知ってか知らずか、神妙な表情を作って少尉に敬礼した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪が隠れている部屋がセーフルームだということを達也は知らないが、そんな類の部屋だろうと推測はしていた。だからといって、彼が安心する理由にはならない。達也は廊下に倒れている警備員には目もくれず、セーフルームに向かった。

 途中、敵との遭遇はなかった。スクールを襲撃した者たちは、セーフルームの頑丈な扉をこじ開けようとしていた。

 達也が音もなく床を蹴る。跳ぶのではなく、滑るように侵入者との間合いを詰める。敵は、手が届く間合いに入る直前で達也に気付いた。そこで慌てたりしないのは、精神を弄られているからか。

 侵入者はスターダストとして身に着けた技術を振るおうとした。扉に放とうとしていた移動魔法の標的を達也に切り替える。その魔法が発動するより早く、達也は右手に握りしめていた想子の砲弾を放った。去年の二月、米軍に襲撃された時にはまだ使いこなせていなかった技術、徹甲想子弾。元々は情報生命体パラサイトの本体にダメージを与える為に編み出した技術だが、今では人体内の想子情報体に攻撃を加える目的で使用する事が多い。その効力は強固な想子の鎧で他者の魔法を弾き飛ばしてしまう十三束鋼にも通用した程だ。

 達也は次々と圧し固めた想子の砲弾を射出した。達也が何故『分解』で相手の肉体を破壊するのではなく徹甲想子弾で無力化する事を選んだのは『幻衝』による攻撃と錯覚させるためだった。

 何故そんな回りくどい事をしているのかと言えば、監視の目を誤魔化す為だ。軍が関与しているのであれば、室内の監視カメラはハッキングを受けていると考えた方が良い。達也はそう判断していた。八雲から話を聞かされていなければ、もっと手っ取り早く敵を片付けただろう。わざわざ格闘戦に見せかけようなどという面倒な事も考えなかったはずだ。直接接触の直前で気づかれてしまったため、格闘戦から想子弾による攻撃に切り替えた。国防軍の意図が分からぬ以上、可能な限り手の内を明かしたくなかった。

 ドアの前にいた侵入者は八人。すべて、床に転がっている。反撃は受けず、達也の先制攻撃で戦闘は終了していた。敵が銃を持っていたなら、もう少し苦戦しただろう。そこに達也は訝しさを覚えていた。

 彼らは何故、銃を所持していなかったのか。国防軍の、恐らくは情報部が絡んでいるのであれば銃を持たせるくらい容易だったはずだ。洗脳して使い捨てにする他国の工作員だ。警察に見つかっても、知らぬ存ぜぬを貫き通せば済む話である。

 まるで自分が苦戦しないように相手が配慮していたような中途半端さを達也は感じていた。罠に誘い込まれているような、不快な感触を覚えたが、それが何か分からない状況では、回避しようがない。達也は外の状況をカメラで窺っているであろう深雪たちが、中から扉を開けるのを待つことにした。




思考を持たないパペットでは相手にならない……

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