劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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手を出しちゃ駄目な相手だぞ……


戦闘中の疑問

 パペットが全て、達也に倒された。それをつかさは、指揮所とは別の部屋で確認した。セーフルームの中に監視カメラは設置されていない。逃げ込んだ深雪とその護衛が何をしているのか、つかさには残念ながら分からない。だが外の侵入者が排除された以上、彼女たちはセーフルームの扉を開けて出てくるはずだ。その時がチャンスだった。

 彼女は自分の部下との間に設けられた、魔法的な回線を確認した。接続状態は良好だ。傀儡法という古式魔法は使っても、彼女は本来的に、人の精神に干渉する系統外魔法の使い手ではない。あくまでも魔法障壁を生成する領域魔法を植え付けられた第十研出身の、十山家の魔法師だ。

 魔法的なリンクが繋がっていても、つかさに相手の心を読むことは出来ない。互換情報が中継されてくるわけでもなければ、意思を直接操れるわけでもない。彼女に分かるのは、その相手が今魔法的に何処にいるかどうかということだけだ。情報次元の座標を特定できるだけの繋がりだった。しかし十山家の術者にとって、それで十分であり、それが最も重要だった。

 音や景色などの物理的な情報が必要ならば、無線機器を使えばいい。それよりも魔法発動の鍵となる情報次元の座標。それは電子機器では取得できない。情報次元を直接観測するエレメンタル・サイトの持ち主ならばあるいは、映像情報から情報次元の座標を割り出せるかもしれないが、それにも限度があるはずだ。人が実感できる距離には限界があり、無限の広さは抽象的な観念の中にのみ存在するもの。人間の認識力の広さには限るがあるのだ。物理的に存在する距離という強固な現実を無視して、映像から得られた認識だけで情報次元の情報体に意識の焦点を合わせられるような壊れた人間などいるはずがない。つかさは自分の事を棚上げしてそう思っていた。

 十山家に与えられた魔法、彼女に課せられた役割にはそんな技術は必要無いし、現在のミッションにもそんなものは必要ない。

 彼女は子飼いの部下を適切に支援すべく、ハッキングした監視カメラの映像に意識を集中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也の前で古風な装飾が施されたドアノブを持つ扉が、横にスライドして開く。ドアのすぐ向こうには水波が立っており、達也の姿を認めて丁寧にお辞儀をする。その奥から深雪が淑やかに歩み寄ってくる。駆け寄ってこないのは、他人の目を気にしての事か。

 

「危ないところを、ありがとうございます」

 

 

 見た限りそんなに危ない状況でもなかったが、常套句というものだろう。

 

「無事なようで何よりだ」

 

「達也さまがすぐに駆け付けてくださったお陰です」

 

 

 これは決まり文句ではなく、深雪の本音だ。達也が自分の事を助けに来るのは彼女の中で規定事項だったが、それでも実際に顔を見ると、じわじわ喜びがこみあげてくる。何より、達也の到着が深雪の予想より遥かに早かったことが、彼女は嬉しかった。

 その気持ちが隠し切れずににじみ出ていたのだろう。威圧されているのではなく、幸せオーラに中てられていると言えばいいのだろうか。なんとなく、何も言えない、身動きも出来ない雰囲気に辺りが包まれる。氷砂糖の中に閉じ込められたような呪縛から真っ先に抜け出したのは、もう一組の魔法師主従だった。

 

「あの、危ないところをありがとうございました。司波様にも、お礼を申し上げるのが遅くなり、失礼いたしました」

 

 

 丁寧な言葉遣いが何処かぎこちなく、お芝居をしているような印象があった。

 

「わたくしは綱島と申します。この者は津永です。津永さん、貴女からもお礼を申し上げて」

 

 

 綱島嬢に促されて、津永が前に出る。綱島嬢と深雪の間に割り込むように。達也の身体が静止状態から最高速へ瞬時に切り替わり、彼は津永の身体を突き飛ばした。深雪の首に腕を回して拘束しようとしていた津永がもんどり打って倒れる。

 

「動かないで!」

 

「水波!」

 

 

 綱島と達也の声は同時だった。綱島は手近にいた無関係の生徒を捕まえて隠し持っていたナイフを首に突き付けていた。

 水波は達也の声に応じて深雪の身体を引き寄せ、くるりと立ち位置を入れ替え深雪を背中に庇う。達也が水波を呼んだのはこのためだ。

 

「動くと無関係の女の子が――」

 

 

 ただでは済まない、と綱島は言おうとしたのかもしれないが、達也は彼女の声を完全に無視した。深雪に狼藉を働こうとした津永に向けて魔法を放つ。ガラスが砕け散るような幻音と聞いたのは、深雪と水波だけではなかった。魔法障壁が壊れた「音」だ。

 津永は転倒しながらも障壁を張っていた。それを達也の魔法が分解したのだ。達也は表情こそ出さないが、心の中で小さくない訝しさを覚えた。突き飛ばした時、彼の手が触れたのは津永の肉体だけではなかった。まず一瞬で展開された魔法障壁を、掌を起点に発動した分解魔法で消去し、その上で軽めの掌底攻撃を加えながら少量高圧の想子流を流し込んでいた。

 障壁魔法は確かに消し去ったし、達也の想子を流し込まれてまともに魔法を構築できなくなっているはずだった。それなのに、倒れたまま起き上がろうともしない津永が魔法障壁を展開していた。時系列的に見て、達也に想子を流し込まれ、ひっくり返った後に構築したと考えるべきだろう。身体が麻痺しているからといって魔法を使えなくなるとは限らないが、どう見てもこの程度の魔法師に出来る事ではないはずだった。




一般人の前じゃなければ、一瞬で消されてただろうな……

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