劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ボケボケの雫


百合疑惑

 一通り深雪の魅力を語った泉美は、とりあえず落ち着きを取り戻した。

 

「それで、泉美は達也先輩の何が不満なのさ? 司波会長の魅力云々は置いておくとして」

 

「そうですわね……深雪お姉様を何よりも大事にされているのは評価しますけど、他の方に配慮する余力がある癖に手を差し伸べない所や、相手が何を感じているか推理する洞察力がある癖に気を遣おうとしない所など……一言で表現すれば薄情ですから、司波先輩は」

 

「……うん、まぁ、そうだね」

 

 

 この場に本人がいないとはいえ、学校の先輩に対して何の遠慮も無い、上から目線の批判に香澄が仰け反る。

 

「司波先輩に大きなお力があるのは何となく分かりますが……?」

 

 

 詩奈は逆に、泉美の方へ身を乗り出している。達也に対して異性としての興味は無くても、同じ生徒会の先輩に対する興味はあるらしい。

 

「洞察力はあるみたいですよ。共感力は無いようですけど」

 

「つまり、相手がどう感じているのかは分からなくても、なにを考えているのかは理解出来る、と……?」

 

「それならば腹も立たないのですけどね」

 

 

 泉美はため息を吐きかけて呑み込んだような顔をしている。

 

「司波先輩はどうも、私たちの感情の動きも分析できているようなのですよ」

 

「分析、ですか……? 共感ではなく?」

 

「ええ、分析です。そしてその場で必要が無いと判断すれば、相手の感情をあっさり無視するのです、表面的には少しクールくらいにしか見えませんが、深雪お姉様が関わらない限り本物の冷血漢ですよ」

 

 

 この中で唯一達也の事情を知っている香澄は、双子の妹の評価に苦笑いを浮かべていた。

 

「……話を戻しましょうか」

 

「うん、そうだね」

 

 

 自分が興奮していたのを自覚していたのか、泉美はフイと視線を逸らしながらそういい、香澄もそれを受け入れる。

 

「責めるとか懐柔するとかは言い過ぎかもしれませんけど、お姉さまは司波先輩たちと今後どうするかを話し合うおつもりだと思いますよ」

 

「お姉ちゃんは兎も角、克人さんは本気で悩んでいそうだね。それでお姉ちゃんが、お節介を焼いているのかな? うん、ありそうだ」

 

「しかし、お姉さまはどんな提案をするつもりなのでしょう。司波先輩の事ですから、深く考えずに喧嘩腰な態度を取られたという事は無いでしょうし……。お姉さまの仰ることは兎も角、克人さんのお言葉には耳を傾けられると思いたいです」

 

「でも四葉家の力が噂通りのものなら、あそこは十師族を離れてもやっていける。もし先輩の反対が四葉家の意向を受けたものなら、妥協何かありえないと思うけど……。兄貴はさ、達也先輩の事を分かってなかったんだよ。だからテレビ出演くらい大したことは無い、そんなことで波風を立てるはずがないって甘く考えてたんだと思う。克人さんが止めてくれれば……いや、それは無理か」

 

「克人さんですものねぇ」

 

 

 苦笑を交わす双子を見て詩奈が不思議そうな表情を浮かべていたのは、香澄たち程克人と親しくする機会が無かったからだろう。

 

「何だか心配になってきた。お姉ちゃんたち、また地雷を踏んだりしないよね?」

 

「地雷って何ですか」

 

「ねぇ、泉美はお姉ちゃんたちが何処で会うのか知ってるんでしょ? 見に行かない?」

 

「私たちが行って、どうなるものでも……」

 

「それは、なにも出来ないかもしれないけどさ」

 

「……それでも、行った方が良いと思いますか?」

 

「うーん……」

 

 

 顔を見合わせて悩む香澄と泉美と、それを横で見ていて何も言えない詩奈。その停滞は、新たな来訪者によって破られた。

 

「泉美ちゃん、詩奈ちゃん、お疲れ様」

 

「香澄……何してるの?」

 

「北山先輩! これは、その、サボっているわけでは……!」

 

「うん」

 

 

 雫が微かに眉をひそめているような印象を受けた香澄は慌てて立ち上がり、直立不動に近い姿勢を取った。香澄の慌てぶりとは対照的な雫の素っ気ない態度が、見ている者にも緊張感をもたらしている。

 

「香澄が非番だというのは分かってるよ。姉妹で見つめ合って何をしているのかなって思っただけ。それで、なにをしてたの? 自分そっくりの顔に見惚れてた?」

 

「ち、違います!」

 

「北山先輩! 私たちはナルシストではありませんわ!」

 

「ナルシス? 百合?」

 

 

 とんでもない汚名を着せられたと感じ、香澄と泉美が揃って抗議するが、雫がボケとも本気ともつかないセリフを漏らす。

 

「違いますって!」

 

「ナルキッソスは水仙です! 百合ではありません!」

 

「水仙って百合科じゃなかったっけ?」

 

『水仙が百合科に分類されていたのは、旧分類のクロンキスト体系です。現代ではヒガンバナ科に分類されています』

 

「そう。私の勘違いだった。ピクシー、お茶くれる?」

 

「かしこまりました」

 

 

 雫は何事も無かったようにテーブルの席に着く。泉美と香澄がぐったりと倒れ込んだ横でまったりしてると、不意にピクシーが詩奈の傍へ歩み寄った。

 

「詩奈様。応接室に・お客様が・お見えです」

 

「お客様が?」

 

 

 詩奈は慌てて自分の端末の前に戻り、校内メールをチェックした。そこには確かに、来客を告げるメールが届いていた。

 

「ピクシー、ありがとう。光井先輩、泉美さん、お聞きの通りの事情ですので、席を外してもよろしいでしょうか」

 

「ええ、良いわよ」

 

「ありがとうございます。ピクシー、後片付けをお願い」

 

「かしこまりました」

 

「それでは、行ってきます」

 

 

 詩奈が扉の前でくるりと振り向き、ぺこりと一礼して生徒会室を後にする。彼女の私物を詰めた鞄は、生徒会室に置きっ放しになっていた。




実は百合って好きじゃない……もちろん、本来の意味じゃなく、伏として使われている意味の百合です

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