劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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身分査証はダメだろ……


犯人像

 達也の邪魔になるかもしれないと思いながらも、エリカは達也に連絡を取った。

 

『何かあったのか?』

 

「ちょっと面倒な事になりそうなんだけど、ピクシーに映像開示の許可を出してくれないかな?」

 

『ピクシーに? 事情を簡潔に話してくれ』

 

 

 エリカは達也に詩奈が何者かに連れ去られた可能性があると話し、その前にやってきた来客が怪しいということを達也に伝えた。

 

『分かった。俺の名前でピクシーに許可を出す。この件に関する権限はエリカに委譲するとピクシーに伝えておいてくれ』

 

「大丈夫、もうすぐ生徒会室だから」

 

 

 風紀委員会本部からの直通階段を上り終えて生徒会室に飛び込むと、丁度ほのかがピクシーに話しかけていた。

 

「ピクシー、非常事態なのよ。誰が詩奈ちゃんに会いに来たかだけでも、教えてくれない?」

 

『マスターの承認が無ければお答えできません』

 

 

 ほのかの懇願にも、ピクシーは首を縦に振らない。ピクシーの主は、あくまでも達也一人で、ピクシーに宿る精神情報体の大本であるほのかであっても、彼女は命令に従わなければいけないとは感じていないのだ。

 

「ピクシー、達也くんから貴女に命令があるわ」

 

『ピクシー、緊急事態だ。三矢詩奈に面会を求めた相手の情報を彼女たちに開示しろ』

 

『かしこまりました、マスター』

 

 

 電話越しとはいえ、ピクシーにとって達也の命令は絶対である。エリカは達也にお礼を言って電話を切る。

 

「面会人は・三矢家の・使者と・名乗っていました」

 

「でも、三矢家は知らないと言っているわよ」

 

「映像を・ご覧ください」

 

 

 エリカの反論にピクシーは機械的な仕種で顔を向け、手ぶりで大型ディスプレイへ視線を誘導する。校内の監視カメラがディスプレイに映し出される。ハッキングの動かぬ証拠だが、それを気にする者はいない。心に余裕が無い為か、その大きな問題に気づいた者もいなかった。

 

「こちらの女性が・自分は・三矢家の・使者と・名乗られました」

 

 

 映像に収まっていたのは一組の男女。女性は二十代前半、男性は三十前後に見える。そして年齢とは逆に、男性が女性に敬意を払っているように見えた。

 

「この方……どこかでお顔を拝見した事があるような……」

 

 

 泉美がもどかしそうに呟く。

 

「二人とも、軍人だね」

 

「確か第三研には、現役の軍人が多く出入りしていたよね?」

 

 

 数秒間、身のこなしを観察していただけで断言したエリカに続いて、幹比古が香澄の顔を見て問いかける。

 

「はい、そうですけど……」

 

「三矢家の皆様には、国防軍に奉職されている方はいらっしゃらなかったと思います」

 

 

 口籠った香澄のセリフを受けて、泉美が幹比古の推測を否定する。

 

「軍人が三矢を騙して連れて行った、ってことか?」

 

「どうも……レオの拉致説が現実味を帯びてきたね」

 

「ミキ! 拉致とか、そんな物騒な事は言わない!」

 

 

 エリカが鋭い声で叱責する。幹比古は侍朗の顔色が真っ青になっているのに気づいて謝った。

 

「だけどよ。軍人が女子高生を連れていくなんて、普通じゃねぇだろ」

 

 

 改めてレオに指摘され、エリカと幹比古がグッと奥歯を噛み締める。

 

「……この二人が第三研に出入りしている顔馴染みだとしたら、僕たちの心配は杞憂の可能性が高い」

 

「でも、三矢家が知らないと言ってるんでしょ?」

 

 

 エリカが、幹比古の言っている事は気休めに過ぎないと切り捨てる。

 

「……詩奈ちゃんが本当に家に帰ったのでないのかどうか、確認するのが先だと思う」

 

「そうだね」

 

「確かに。侍朗」

 

 

 ほのかの意見を雫が支持して、エリカは侍朗の名前を呼ぶ。侍朗がビクッと肩を震わせて、俯いていた顔を上げた。

 

「あんたはいったん帰りなさい」

 

 

 エリカの指示に、侍朗は首を縦に振らなかった。

 

「でも……父が、ここに残れと」

 

「ああ、そうだったわね……だったら連絡を待っているしかないか」

 

 

 エリカが苛立たしげに唇を噛む。

 

「とにかく、一高生が一高から連れ去られたとなれば、僕たちにも他人事じゃない。放っておくわけにはいかないよ」

 

「そうだな」

 

 

 幹比古の言葉にレオが頷く。実は風紀委員長の幹比古とは違って、レオは他の生徒の心配をしなければならない立場ではないのだが、そんな野暮を言う者は一人もいなかった。

 

「雫。達也さんたちに連絡しなくて良いのかな……? 詩奈ちゃんは生徒会活動の途中でいなくなっちゃったんだし……」

 

「深雪には、連絡した方が良いと思う。これ以上達也さんの邪魔は出来ないし」

 

 

 ほのかの問いかけを微妙に編集して、雫は頷いた。

 

「会長のお邪魔にならないでしょうか」

 

 

 泉美が懸念を述べる。さすがに空気を読んだのか「深雪お姉様」呼ばわりはしなかった。

 

「メールで良いんじゃない?」

 

「私が深雪にメールする」

 

 

 雫の言葉を受けて、ほのかが端末に向かった。

 

「ピクシー、さっきの映像を達也くんにも送っておいて」

 

「かしこまりました」

 

「エリカ?」

 

 

 何故これ以上達也の邪魔を出来ないという意見に頷いておきながらピクシーにそう命じたのか分からなかった幹比古が、不思議そうにエリカを眺める。

 

「達也くんならあたしたちより交友関係も広いし、もしかしたらあの二人組の事を知ってるかもしれないでしょ」

 

「そうかもしれないけど……だったら深雪さんにメールしないで、最初から達也にメールすれば良いじゃないか」

 

「詩奈の事は深雪だって聞いてるだろうし、どちらがより気にしてるかと言えば深雪でしょ? だから詩奈の事は深雪に、犯人の事は達也くんに連絡するのが良いと思うのよ」

 

「そういうものかな……」

 

 

 いまいち納得いっていない様子ではあったが、幹比古はそれ以上何も言わなかった。




エリカが上手く立ち回ってる気がする……

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