劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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基本傍観ですね


四葉・三矢家の動き

 ほのかのメールが届いた時、深雪は馴染みの美容室にいた。真由美との約束の時間は五時。時間に余裕があったので、丁度いいタイミングだと髪を整えに来たのだ。「一見さんお断り」の看板すらも出していないこの店は、警護を擁する重要人物を相手にする高級店。腕に見合って料金が高い代わりに客は少ないので、急な予約でも問題なくとれた。ついでに、水波の髪を依頼した。

 そういった店だから、ボディガードが控える場所もある。達也は深雪の後ろで本を読んでいた。紙の本ではなく、電子書籍だ。FLTの業務に関わる論文でもなく、四葉家の仕事に関わる資料でもない、完全な暇つぶしの読書。つまり達也は今、忙しくなかった。

 深雪の端末で、メールの着信音が鳴った。何時もと少し違う音色は、親しい相手にだけ知らせてある緊急の合図だ。メールに出られない状態だった深雪が、達也に手助けを求める。

 

「達也様、すみません」

 

「何だ?」

 

 

 達也は読書を中断してそう答えた。

 

「私の端末を見ていただけませんか」

 

「メールか?」

 

「はい。急用のようです」

 

 

 達也は深雪の私信を覗くほど無神経ではないが、深雪の方から確認してくれと言われてそれを拒むほど遠慮深くもない。達也は深雪のハンドバッグから携帯端末を取り出して、メール画面を開いた。

 

「ほのかからだ。詩奈が学校から連れ去られたと言っている」

 

「詩奈ちゃんが?」

 

「軍人と思われる男女の二人組が面会に来て、詩奈はそのままいなくなったらしい。その二人組について行った可能性が大だな」

 

「攫われたのでは、ないのですよね?」

 

「無理矢理動向を強いられたのかもしれないが、少なくとも暴力的な手段を用いた誘拐ではない。そんなことをすれば、学校の警備システムが黙っていない」

 

「……学校に戻るべきでしょうか?」

 

「戻っても、俺たちに出来る事はない。仮に誘拐されたのだとしても、対応は警察の仕事だ」

 

 

 深雪が攫われたのなら、決して言わないセリフを達也はあっさり口にした。

 

「警察が動いてくれますか?」

 

「今の段階では誘拐と断定する事も出来ないから、普通なら難しいだろう。だが詩奈は三矢家の直系だ。三矢家も警察にコネくらいあるだろうし、エリカもやる気になっているようだからな」

 

「エリカが?」

 

「ご丁寧に二人組の画像をピクシーを介して送って来てるからな。それに、俺たちにはやることがある」

 

「……そうですね。では、達也様に返信をお願いしてもよろしいでしょうか」

 

「ああ、構わない」

 

 

 達也の言っている事は道理で、例えそれを口にしたのが達也でなくても、深雪は同意しただろう。そして、エリカなら達也が意図した通りに動いてくれるだろうと、深雪は顔には出さずに笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三矢家では、当主の元と総領の元治、二人の密談が行われていた。

 

「父さん、詩奈が連れていかれたそうです」

 

「……そうか」

 

 

 詩奈がいなくなったという侍朗の報告を聞いて、元と元治はすぐにつかさが言っていた「協力」の件だと察した。一高から回答があった面会者の容姿も、遠山つかさのものに一致した。

 

「侍朗くんは、つかささんに気付いていないようです」

 

「彼はつかささんと会った事が無いからな」

 

「そうなのですか?」

 

 

 元の回答に、元治は意外そうだ。詩奈とあれほど親しいのに、何時も詩奈と一緒にいる侍朗がつかさと会っていないのは、俄かに信じがたいことだった。

 

「つかささんは、実際に顔を合わせる人間を慎重に選ぶ。十山家が担っている役目の性質上、自分の素性を知る人間は少ない方が良いと考えているのだろう」

 

「それにしたって、詩奈とあれだけ何度も会っていて、侍朗くんには顔も見られたことが無いなんて……」

 

「そういう綱渡りの曲芸じみた工作が可能な人なんだ。いや、つかささんだけじゃない。十山家はそういう秘密工作に長けている」

 

「……第十研の魔法は、対物理・対魔法障壁じゃなかったんですか?」

 

「元々はな。だが、その発動形態の特殊性から、十山家には単なる盾を超えた役割が与えられた。十山家は防諜工作部隊として、国防軍情報部に取り込まれている」

 

「軍の作戦に対する協力は、何処の家でもやっているのでは? 我々三矢家も、東アジア地域の情報収集では軍に貢献していると思いますが」

 

 

 息子の疑問に、元は首を横に振った。

 

「協力ではない。十山家は完全に情報部の一部となり、情報部内で密かな影響力を振るっている。十山家には、四葉家のような底知れぬ力は無い。魔法力で言えば、同じ元第十研出身でも十文字家の方が上だろう。七草家のような政治力も無い。名声を持たない代わりに、悪名も負わない。影に徹し、手段を問わず、自らが属する党派の利益を実現していく。追い求めるのが国の利益、魔法師の利益、二十八家の利益ならば、その態度はむしろ立派だと言える。だが彼らは、身内の利益の為なら二十八家内の同士討ちすら画策しかねない。四葉家のような分かり易い脅威でない分、余計に厄介だ」

 

「……でしたら、今回の事はチャンスでは?」

 

「――どういう事だ?」

 

 

 元治の一言は、元の意表を突いた。

 

「詩奈に怪我をさせないことが大前提になりますが……つかささんが司波達也殿をターゲットにしたことで十山家が四葉家と争う事になれば、十山家の潜在的な脅威を取り除くことが出来ます」

 

「可能性が無いとは言わんが……我々には何も出来ないぞ。十山家と四葉家の争いになっても、傍観者に徹するしかない」

 

「傍観していて望ましい結果が転がり込んでくるのであれば、それが一番良いのではありませんか?」

 

「気休めだな……だが、気休めでも無いよりマシか」

 

 

 どうせ、何らかの決着がつくまで詩奈は戻ってこないのだ。元は諦念の滲む自嘲の笑みを浮かべた。




三矢家は漁夫の利を狙ってるのか……?

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