劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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寒くて指が動かない……うちミスがあるかも……


達也の戦術

 深雪が圧倒的な力の差を見せつけ、相手を蹂躙してるのとほぼ同時刻、バトル・ボードの会場では女子新人戦準決勝第一レースが行われようとしていた。

 

「う~ん……」

 

「これはちょっと……」

 

「まあ、その、ね……」

 

「さっきから何だよ二人して」

 

 

 さっきからスタート位置に並んだ三人の選手を見て、客席で悩ましげに唸ってるエリカと美月に、レオが呆れ顔で問い掛けた。

 

「何かさ~異様じゃない? 選手全員黒メガネってさ」

 

「エリカちゃん、そこはゴーグルって言おうよ……」

 

 

 エリカの言うように、今回はほのかだけでは無く他の二人も色の濃いゴーグルを着けていたのだ。

 

「当然じゃないのか? 光井さんの幻惑魔法対策としては一番手ごろで確実なんだから」

 

 幹比古が常識的に返すと、エリカはつまらなそうに気の抜けた笑い声を漏らした。

 

「……何が不満なんだよ」

 

「だってさ~、これって達也君の思うツボだよ? ゴーグルをしたら水しぶきで視界が妨げられるのを嫌ってるからしなかったのにさ~。安直にも程があるわよ」

 

「ほのかさんが今度は水しぶきで目潰しを仕掛けるって事?」

 

 

 美月の問いかけにエリカはつまらなそうに頷いた。だが幹比古はそうは思って無かった。

 

「それは如何だろう。達也がそんな単純な手を使ってくるとは思えないんだけど」

 

「……それはそうかも」

 

 

 幹比古の指摘にエリカは好奇心を甦らせた。

 そしてスタート直後の閃光は、今回は無かった。それに備えていた観客も、閃光が無かった事に一応安堵した。

 

「出遅れた!?」

 

「いや、ちゃんとついていってる」

 

 

 スタンド前の緩い蛇行を過ぎて、ほのかは二番手で最初の鋭角コーナーに侵入した。すると先行していた一番手の選手が妙なコース取りを見せた。

 大きく減速してコースの中央をターンしたのだ。

 同じように減速してコースの内側ギリギリをすり抜けたほのかが、大回りした選手を抜いてトップに立った。

 

「何だ今のは……」

 

「……コースに影が落ちたように見えたけど……あっ、まただ!」

 

 

 エリカが鋭い目を細めながらコースを見ていると、やはりコースの隅が黒くなってるように見えたのだ。

 

「……なるほど、達也の狙いが分かったよ」

 

「えっ、何?」

 

「他の選手に遮光効果のあるゴーグルを着けさせる事と言うエリカの読みは正しかった。だけどそれは水しぶきで視界を遮る為じゃなくって暗いところを見え難くする為だったんだよ」

 

「そうか! 幻術にこんな使い方があるなんて……」

 

「ああ。明るくする、暗くすると言うだけで、敵の行動をコントロールする事も出来る。魔法って本当に使い方次第なんだな……」

 

「……二人で納得してないで、如何言うことか教えてくれよ」

 

 

 レオの不満げな声に、自分の世界に沈みかけていた幹比古は現実に復帰した。

 

「ゴメンゴメン、つまり達也の作戦は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 偶然か必然か、同じ説明が一高本部でも行われていた。

 

「司波君の作戦は簡単なものですよ。光波振動系で水路に明暗を作る。ただでさえ濃い色のゴーグルで視界が暗くなっているので、明るい面と暗い面の境目で水路が終わってるように錯覚させる事で、相手選手を暗い面に入れないようにする。つまり相手にコースを狭く使わせてるのです」

 

 

 男子ピラーズ・ブレイクの観戦に行った克人の代わりに本部へ詰めていた服部と、それについてきた桐原は、鈴音の説明を食い入るような表情で耳を傾けている。

 

「本当はもっと広いはずだと頭では分かっている。ですが目から入ってくる情報に逆らう事は困難です。そしてどんな選手でも狭いコースでは広いコースよりスピードが出せません。相手選手に実力を発揮させない。戦術の基本ですね」

 

「……しかし、それなら光井さんも影響を受けそうなのですが」

 

「その為の練習を積んでいますから」

 

 

 服部の質問に対する鈴音の回答は実にシンプルなものだった。

 

「……普通なら術者本人は影響を受けない、って安心しちまうものだと思いますがね」

 

「安心出来なかったんでしょうね。コースの幅は決まってるんだから、目に頼らずに身体で覚えろ、と司波君は言ってました」

 

 

 鈴音の回答に桐原は唸り声を上げた。

 

「……奇策に見えて実は正攻法と言う訳かい……性格が悪いだけじゃねぇんだな」

 

 

 桐原のこぼした感想に、鈴音は声を出して笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪の試合も終わり、一先ず部屋に戻ろうとした達也の許に、試合用の格好のままのほのかが走りながらやって来た。

 

「達也さん!」

 

「ほのか? 決勝は良いのか?」

 

 

 バトル・ボードの決勝は準決勝が終わればすぐだ。達也が心配するようにこんな場所に来てる余裕は本来なら無いはずなのだ。

 

「達也さんにお礼を言いたくて」

 

「お礼? まだ全部終わってないんだから、お礼はそれからでも良いとおもうが?」

 

「私は元々勝てるとは思ってませんでしたので、それだけでもお礼を言いたかったんです」

 

 

 それだけ言うとほのかは走り去って行った。余談だが、バトル・ボードのユニフォームのままだったので、ほのかの平均より大きい胸はかなり揺れており、すれ違った青少年の視線を一気に浴びていたのだが、ほのかはそれに気付く事は無かった。

 

「思い込みが激しいってのは本当なんだな」

 

 

 部屋で誰に聞かせるでもなくつぶやいた達也は、このまま暫く休んでようと思っていたのだが、それは実行する事は出来なかった。

 端末に通信が入り、やむおえなく端末を手に取り通話を開始する。

 

「はい」

 

『達也君? 七草だけど今すぐミーティングルームに来てくれないかな?』

 

「今ですか?」

 

『そう、今すぐ。出来ればダッシュで』

 

 

 何か予想外の出来事でもあったのだろうか、真由美は急ぐように達也を急かす。達也としては出来れば行きたく無いのだが、ここで断れば別の人間から再び通信が入るだろうと確信していたので、不承不承ながらも真由美に承諾の旨を伝えた。

 

「今部屋ですので、少し時間はかかるかもしれませんが、とりあえずミーティングルームに行けば良いんですね?」

 

『うん、そう。達也君にも関係ある話だから、達也君が来てくれないと話が進まないからお願いね』

 

 

 電話越しでも分かる、真由美が小悪魔的な笑みを浮かべている事が……達也はため息を堪えながら通信を切り、誰も居ない事を改めて確認してからため息を吐いた。自分は競技にはあまり関係無いのに、自分が居なければ進められない話に、何となく予想のついている達也は、重い足取りでミーティングルームへと向かった。

 途中で気配を探り、ミーティングルームに自分が想像してた通りの三人の気配を掴み、達也は思わず苦笑いを浮かべたのだった。




兎に角ほのかは達也のおかげだと思いこんでます。

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