劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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原作より若干大人しめの香澄


乱入者

 深雪に視線を向けていた達也が、深雪が頷いたのを見て視線を克人に戻した。

 

「ただ、延期しても意味が無いと思われますが」

 

「……どういう意味だ?」

 

「三矢さんの件は、まだ犯罪なのかどうかすらわかりません。一高から去った事は分かっているのですから、警察の権限で街路カメラの記録を調べれば、何処に連れていかれたのかは容易に分かるでしょう」

 

 

 達也の言葉を聞いて、摩利が苛立たしげに口を挿む。

 

「そこまで分かっているなら何故動かない」

 

「本人の自由意思によるかもしれないからですよ」

 

 

 だがそれに答える達也の声は、実に素っ気ないものだった。

 

「何者かが三矢さんを連れ去ったのは確実でしょう。しかしそれが彼女の同意の上に行われた事ならば、救出に踏み込んでみたところでこちらが不法侵入に問われるだけです」

 

「ブランシュのアジトに問答無用で踏み込んだ達也くんらしくない言い種だな」

 

 

 摩利が嫌味を剥き出しにして反論するが、達也だけでなく深雪も、感情的な反発を見せなかった。摩利の嫌味は論理的に反論出来ないが故の苦し紛れのものだという事が、明白だったからだ。

 

「あの時は自由意志かどうかを確認する必要などありませんでしたから」

 

 

 摩利に対する反論はこの一言で済む。摩利はクッと奥歯を噛みしめていたが、達也はそれを確認することなく視線を再び克人に戻した。

 

「一高生として、表立って出来る事は何もありません。それでもこの席を延期すると仰るのであれば、自分に否やはありません」

 

 

 克人が腕組みして考え込むと、そのタイミングで障子が乱暴な音を立てて開いた。

 

「達也先輩、見損なったよ!」

 

「香澄ちゃん、待ちなさい!」

 

「香澄ちゃんったら……ああ、深雪先輩、司波先輩、誠に申し訳ございません!」

 

 

 香澄を制止しようとして一歩及ばなかった真由美と、青くなって平謝りする泉美。七草三姉妹の乱入だ。

 

「香澄ちゃん、とにかくお家に帰りましょう。ねっ?」

 

 

 真由美はまるで幼女に対するような態度と言葉遣いで妹を宥めようとするが、香澄の視線は達也の上に固定されていた。

 

「あの子がボクたちに黙っていなくなるわけ無いじゃない! 詩奈を見捨てろっていうの!?」

 

「今の話を聞いていたのか?」

 

「聞いてたよ! 盗み聞きしてたよ! 悪いっ!?」

 

「盗み聞きは悪いことだ」

 

 

 赤い顔で、自棄っぱちかつ開き直った口調で盗み聞きを認めた香澄に、達也は当たり前の事を当たり前の口調で答えた。

 

「だが、聞いていたなら話は早い。詩奈は未成年だ。例え詩奈の同意があっても、保護者からの依頼があれば警察は保護できる」

 

「だから何さ!? 達也先輩が詩奈を見捨てるのとそれと、どんな関係があるっていうのさ!」

 

「何も見捨てるとは言っていない。警察の方はエリカに任せてあるが、三矢家へのフォローとなると、俺が出るより香澄たちが行った方が良いだろう。恐らくエリカは分かってたはずなんだが、それを言う前に香澄が飛び出して、泉美がそれを追いかけてここまで来た、という感じか」

 

「えぇ、司波先輩の仰る通りですわ……」

 

 

 我が姉ながら恥ずかしい……、という言葉を言外に香澄に向ける泉美と、冷静さを取り戻してきた香澄は、達也が言わんとしている事を理解した。

 

「つまり達也先輩は、指示は出すけど自分では動かない。動けないという事?」

 

「あぁ。この話し合いもあったしな。それに、深雪は兎も角俺はそこまで詩奈と親しいわけではない。詩奈が自分の意思でいなくなったかもしれないという推論だって、詩奈と親しくないから出来たもので、親しい香澄からすれば詩奈は黙っていなくなるような子じゃないんだろ?」

 

「うん……」

 

「なら、同意があったにしても何も言わずにいなくなったという事に意味がある。誘拐ではないにしても監禁されている可能性だってあるんだ。今すぐエリカと連携を取って、詩奈を探し出すなり救出するなりすればいい」

 

「……達也先輩、先走ってしまって、申し訳ありませんでした」

 

「謝罪は良い。それより急がないとエリカたちに美味しいところを全部持っていかれるぞ」

 

 

 しょんぼりと頭を下げる香澄を軽く撫でてから、達也は泉美に視線を向けてそう告げる。彼女もまた、詩奈を探したい、助け出したいと思っているのだから。

 

「司波先輩には貴重なアドバイスをいただきました。これ以上は私たちはお邪魔でしょうし、これで失礼します」

 

「そうね。達也くん、深雪さん。こちらから招いておいて失礼なのはわかってるけど、今日はこれでお開きにさせて? この埋め合わせはいずれ必ずさせてもらうから」

 

「ええ、良いですよ」

 

 

 既に真面目な話し合いをする雰囲気ではなくなっている。達也は真由美の申し出を快く受け入れた。

 

「香澄ちゃん、行くわよ」

 

「さぁ、参りましょう」

 

 

 真由美と泉美が、しょぼくれて動かない香澄を引きずっていく。達也と克人が顔を見合わせて、同時にため息を吐いた。

 

「十文字先輩、それではこれで失礼させていただきます」

 

 

 それまでは殆ど発言をしなかった深雪が、笑みの無い真面目な顔でそう告げて頭を下げる。

 

「二人とも、今日はすまなかったな」

 

 

 克人としては、こう言うしかない。摩利も、口を挿めない。四葉家と十文字家と七草家の密談は、何一つ具体的な話が出来ないまま終了した。




発見してすぐ突撃は無いですけど、こういえば香澄もここにいる場合ではないと分かるでしょうしね

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