劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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さすが警察にコネがある家だな……


捜索の結果

 時刻は午後六時に近づいている。もうすぐ日没だ。エリカとレオは、下校して千葉道場にいた。そこへ、門弟に案内された幹比古が姿を見せる。

 

「お待たせ」

 

「美月、ちゃんと送ってきた?」

 

「家まで送り届けてきたよ」

 

「そっ」

 

 

 エリカの問いかけに頷く幹比古は、少し照れくさそうだったが、しかし彼の純情な反応を、エリカはどうでもよさげにスルーした。

 

「エリカの方はどうなの? 何か手掛かりは見つかった?」

 

「今、街路カメラの記録を洗わせてるとこ」

 

「なるほど。一高に駐めていた車を使ったのなら、途中でカートレインを使ったとしても街路カメラでトレース出来るね。そんな当たり前な事、さっきは何で思いつかなかったんだろう?」

 

「街路カメラを調べるよう、泉美がメールで提案してきたんだけどよ」

 

「泉美さんが? うん、そんなに意外でもないかな」

 

「ところがどっこい、泉美は達也に指示されたらしい」

 

「達也に? それなら当然だね」

 

 

 今回正面切って行動はしていないが、やはり自分たちは達也に助けられていると、幹比古は満足げに頷いた。そこへ今度は、侍朗が現れる。

 

「すみません、失礼します」

 

「侍朗、三矢家の方はどうだった」

 

「……御当主様も元治様も、まだ大騒ぎする必要は無いというお考えのようです」

 

「元治って?」

 

「三矢さんのお兄さんだよ」

 

「何か……変です! おかしいですよ! そりゃあ、ご家族の皆様、詩奈の事は普段から放任気味ですけど! 門限とかあまり厳しいく言われませんけど! それは俺じゃない本当の護衛がついているからで! 何処に行ったか分からなくなっているのに『騒ぐな』なんて、理解出来ません!」

 

「護衛が隠れてついて行ってるって事は無いのか?」

 

「ウチの者に確認してきました。今のところ、完全に詩奈を見失っている状態です」

 

 

 レオの問いかけに、侍朗が激しく頭を振って答える。

 

「それで、侍朗はこれからどうするの?」

 

「ここで待たせてください。その為に来ました」

 

「そう。まぁいいけど……そろそろ人も多くなってきたわね。三人とも、ついてきなさい」

 

 

 返事も待たず、エリカが道場から出ていく。彼女が三人を連れて行ったのは、エリカの部屋がある離れとは別の小さな建物だった。

 

「こっち」

 

「へぇ、茶室なんてあったんだ」

 

「笑っちゃうでしょ。剣術家気取りで。伝統的な剣術とあたしたちがやってる剣術は別物なのにね」

 

 

 レオの感嘆にエリカが嘲笑で返す。それは自嘲ではなく、他者を嘲る笑みだった。幹比古はそこに、解消される兆しもない家族との確執を見て顔を曇らせた。

 

「茶室の出入り口はもっと小さいもんだと思ってたぜ」

 

「躙り口のこと? わざわざ狭苦しい思いをしたければ、そこからどうぞ」

 

 

 エリカはどうでもよさそうに高さ七十センチ足らずの小さな引き戸を指差し、入ってきた障子戸の向かい側に位置する片引きの襖から奥へ引っ込んだ。

 

「突っ立てないで座ったら?」

 

 

 再び姿を見せたエリカの両手は、湯飲み茶碗を人数分乗せたお盆を持っていた。

 

「なに? もしかしてお茶を点ててほしかったの?」

 

 

 男三人が、慌てて首を横に振る。エリカはその顔を、軽く細めた目で順番に睨んだ。

 

「そんな面倒臭いことするはずないじゃん」

 

「あはは……そうだよね」

 

「エリカお嬢さん」

 

 

 躙り口の外から、若い男性の声が掛かる。エリカはすっと立ち上がり、躙り口の側に跪いて小さな引き戸を開けた。そこから薄い電子ペーパーが差し込まれる。

 

「何だって?」

 

「詩奈を乗せた車の行き先が判明したわ。途中、一切の乗り換えもなく、車は軽井沢まで行ったそうよ」

 

「意外に近いんだな……」

 

「何事も準備の方が時間が掛かるものよ」

 

 

 レオが漏らした言葉には、「だったらもう少し早く分かってもよさそうなものだ」というニュアンスが込められていたのに対し、エリカの答えは「監視カメラのデータを使えるようにするまでが大変だった」という意味が込められていた。その答えに、レオは軽く肩をすくめるような素振りを見せた。

 

「何だか幽霊が出そうな洋館だね」

 

「ミキ。あんたが言うと洒落にならない」

 

「――地図データをいただいても良いですか」

 

「良いわよ。ただし、今日乗り込むのはダメだからね」

 

「何故ですか!?」

 

 

 逆上した侍朗が、エリカに食ってかかる。一刻も早く詩奈を助け出したいと念じている侍朗にすれば、エリカの言葉は断じて受け容れられないものだった。

 

「理由は二つ。一つには、こっちの準備が整っていない」

 

「準備なんて、すぐにでも!」

 

「あんた一人で行くつもり? 止めときなさい。墓穴を掘るのがオチよ」

 

「しかし、せっかく見つかったのに!」

 

「まだ見つけたわけじゃない。詩奈を乗せた車が、この洋館に駐まっているというだけ。それに監視をつけているから、動き出したら分かるわ」

 

「………」

 

 

 とりあえず侍朗が黙ったのを見て、エリカは二つ目の理由を告げる。

 

「もう一つは、警察との根回しが済んでいない。いざとなれば豚箱入りも厭わないけど、必要な準備を怠って馬鹿を見るのはゴメンよ」

 

 

 犯罪者として魔法師用の刑務所送りになる可能性を示唆されて、侍朗はそれ以上何も言えなくなった。彼自身は詩奈の為なら命も惜しくないが、学校の先輩でしかないエリカたちにそれを強いることは出来ない。

 

「侍朗は帰って、お家の人と相談しなさい。三矢家郎党の協力が得られれば良し。最悪でも、単独行動の黙認は取ってこなきゃダメよ」

 

「……分かりました」

 

 

 確かに、今必要なのはそれだ。自分の行動が家族に、ひいては三矢家に迷惑をかける結果になるかもしれないのだ。自分は何でも自由に動けるわけでは無いと、侍朗は改めて思いだしたのだった。




エリカの師匠感が半端ない……

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