劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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真夜が楽しそうだなぁ……


達也への依頼

 その頃、詩奈は湯船の中でゆっくりと寛いでいた。

 

「はぁ……侍朗くん、心配しているだろうな」

 

 

 生徒会の先輩に無断で下校したことに対する罪悪感以上に、侍朗に何も告げずここまで来てしまった事が、喉に刺さった小骨のように、詩奈はずっと気になっていた。入浴により緊張が解けたことで、それが改めて意識の表層に浮かび上がった。

 だがそれは仕方が無いことだったのだ。国防軍がこういう活動をしている事は秘密にしてほしいと、学校の応接室でつかさに頭を下げられてしまったのだから。この演習が軍事機密扱いになっているなら、通信を禁じられるのも当然だと思う。秘密にしなければいけない演習に、何故高校生のアルバイトを雇ったりするのか、理由は皆目見当もつかない。何より、自分より十歳近く年上の大人に頭を下げられて、嫌と言えるはずがない。詩奈はそう自分を正当化して、これ以上悩まずに済むよう、意識を使用中のお風呂に向けた。

 大柄な白人仕様なのか、日本の標準的な浴槽よりかなり広い、小柄な詩奈なら、ゆったりと足を伸ばせるどころか、下手をすれば溺れる心配をしなくてはならない程だった。

 いうまでもなく詩奈も入浴中は耳栓代わりのイヤーマフを外している。髪を流すシャワーの音さえ、詩奈には篠突く豪雨に等しく聞こえるのだが、さすがにこれはどうしようもない。その間魔法技能が衰えるのを承知で、髪や身体を洗っている最中は聴覚遮断の魔法を使っている。つまり自分さえ余計な音を立てなければ、耳栓の無いクリアな世界と向き合う事が出来る。浴槽の縁に乗せた腕に頭を預けているだけで、この洋館の敷地内全ての波動が詩奈の耳に飛び込んでくる。そこで詩奈は小さな違和感を覚えた。

 館の中に待機している魔法師たちが漏らす波動は、随分と攻撃的で、まるで敵が来るのを待ち受けている感じがするのだ。迎撃の目的は撃退に非ず、殲滅、または捕獲にあるように見える。それはこのアルバイトを受けるにあたり、つかさから説明された内容と矛盾する。つかさは要人救出訓練の、救出される重要人物をやってほしいと詩奈に依頼した。つまり、救出側の役目を振られた本隊が詩奈を助けに来るというわけだ。

 そこまで考えて、詩奈は重要な事に気付いた。奪還される人質役ということは、何時救出隊がやってくるか分からない。もしかしたらそれは今かもしれない。下手をすればバスタオルを巻いただけの姿で外に連れ出される恐れがある。

 

「(の、のんびりお湯につかっている場合ではない)」

 

 

 詩奈は大きな音を立てない範囲のスピードで、浴槽の縁に手を掛けて立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也たち三人が家に戻ってすぐ、まるでタイミングを計ったようにヴィジホンのコール音が鳴った。コールサインは四葉本家、真夜のものだ。幸い帰ったばかりで、三人とも着替えていない。達也は深雪と顔を見合わせて、受話ボタンを押した。

 

『こんばんは、達也さん、深雪さん。あら、どちらかへお出かけだったの?』

 

「はい。七草真由美嬢に招待されまして」

 

 

 特に隠す必要が無い事なので、達也は正直に答える。

 

『あら、七草家から?』

 

「いえ、十文字家の御当主が同席されていましたので、恐らく先日の会議の件で何か言いたい事があったのでしょう」

 

『フフッ、あのお嬢さんならありえそうなことね』

 

 

 真由美らしいお人よし、という意味では達也も同感だった。

 

「ただちょっとしたトラブルがありまして、座敷に足を運んだだけで会食はキャンセルになってしまいましたが」

 

『……それはまた失礼な話だと思うけど、何があったの?』

 

 

 達也は詩奈がいなくなってからの経緯を、かいつまんで真夜に説明した。

 

『三矢家のお嬢さんが……中々興味深いお話だけど、今は関わっている時間が無いわね』

 

 

 つまり、急を要する仕事があるという事だ。真夜が直接電話をかけてくるときは大抵そうなので、意外感はない。達也は背筋を伸ばしたままで、次の言葉を待った。

 

『昨日、達也さんと深雪さんが襲われた件だけど、あれは国防軍情報部が国内に潜入した米軍の工作員を洗脳して起こった事件であることが分かりました』

 

「情報部の仕業だったのですか」

 

『米軍工作員は、まだ多数捕まっているみたいなの』

 

 

 その工作員が何を探りに来ていたのか、達也は気になった。高い可能性でマテリアル・バーストの魔法師、つまり自分がターゲットだったのだろうと考えたからだが、真夜の話の腰を折ってまで確かめたいと思わなかった。

 

『それで、達也さんには彼らを救出して欲しいのだけど』

 

「米軍の工作員をですか?」

 

 

 小さな驚きとともに、達也が問い返す。深雪を襲った情報部は許し難い。いずれ何らかの形で思い知らせてやるつもりではいた。だが、非合法活動中の外国工作員を拘束する事は彼らの職務だ。報復の為に邪魔をしていい事ではないはずだった。

 

『工作員にはスターズのメンバーが含まれています。彼らだけを助け出すより、全員を逃がす方が手間はかからないでしょう?』

 

「了解しました」

 

 

 つまり、真夜とスターズの間には何らかのコネクションが出来上がっているという事だ。そのルートを通じて、救出の依頼が来ているのだろう。今では、四葉家の利益と達也の利益は結びついている。自分にとって益になるのであれば、骨折りも吝かではない。昨夜の「けじめ」をつける意味も合わせて、達也は真夜の指令を受諾した。




色々と利益もあるのでしょうが、純粋に達也が活躍するのを楽しみにしている感も見られます……

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