劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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エリカの無茶ぶりは今に始まったわけじゃないのか……


早朝の出発

 詩奈が誘拐された日の翌日、早朝。千葉家の道場をレオ、幹比古、そして侍朗が訪れていた。三人を迎えたエリカはすっかり身支度を済ませており、侍朗の顔を見ながら問いかける。

 

「侍朗、家の人とは話がついたの?」

 

「はい。好きにしていいと、言われました」

 

「……まあ良いわ」

 

 

 それはダメと言われているのと同義であったが、エリカは気にしなかった。侍朗に筋を通させることが重要だったのであって、そこから先は彼の事情だからだ。

 

「レオがお祭りに参加したがるのは分かるけど、ミキが来るとは思わなかった」

 

「僕の名前は幹比古だ! それに、ここまで関わって知らん顔は出来ないだろ」

 

 

 恐らく一度はこれを言わないと気が済まないのだろう。幹比古はエリカに決まり文句を返してから大真面目に付け加えた。

 

「あはは……お・ひ・と・よ・し」

 

「――何とでも言ってよ。人でなしよりマシだ」

 

「まっ、そうかもね。じゃあ行こうか」

 

 

 そう言ってエリカは、道場前に道に駐まっていたパトカーの助手席に乗り込む。男三人が後部座席に詰め込まれ、パトカーは発進した。

 

「ところで……良いんですか?」

 

「エリカお嬢さんの無茶ぶりは、今に始まった事じゃありませんから」

 

 

 今更ながらレオがハンドルを握っている制服警官に尋ねると、警官は表情を崩さずに答えた。それはエリカに心酔しているというより、もう笑いも出なくなった結果のようにレオには感じられた。絶対にああはなりたくない、とレオは心密かに誓いを立てた。

 パトカーはカートレインで軽井沢まで行き、そこで現地の警察と合流した。言うまでもなく、全員千葉家の息がかかった警官だ。実は四葉家より千葉家の方が怖いんじゃないか、とレオは思ったが、それを口にするほど命知らずではない。直接の当事者である侍朗は、そんなことを気にしている余裕がないようだ。

 少し先に、昨日報告書で見た古い館。その洋館を侍朗は睨みつけている。いや、もしかしたら何らかの魔法で透視しようとしているのかもしれない。

 エリカは集まった警官たちに指示を出すので忙しい。だからエリカたち一行の中で精神的に最もゆとりがあったのは幹比古で、彼が真っ先に彼女たちの姿を認めたのは当然かもしれない。

 

「香澄さんに泉美さんじゃないか」

 

 

 幹比古が思わず上げた声に、二人が同じ顔を向ける。髪型や雰囲気はまるで違うが、顔立ちは本当にそっくりだ。

 

「吉田先輩」

 

「千葉先輩に西城先輩? 侍朗くんも来ていたんですか」

 

 

 七草の双子姉妹が、何事か打ち合わせをしていた大人から離れて幹比古たちの方に駆け寄ってくる。

 

「君たちも三矢さんを?」

 

「はい」

 

「一応三矢家には話を通してきましたので、詩奈が傷つかない限り三矢家から何か文句を言われることはありません」

 

「へー。良く話が通ったわね。侍朗の問い掛けには、知らぬ存ぜぬしか答えなかったのに」

 

「実は、達也先輩からのアドバイスで、ちょっと三矢家に脅しをかけたんです」

 

「なるほどね。達也くんお得意の悪知恵か、それなら納得だわ。それじゃあ、同士討ちになってもバカバカしいし、少しすり合わせしない?」

 

「そうですね」

 

 

 エリカと泉美が打ち合わせを始めた脇で、香澄が侍朗に話しかける。

 

「力み過ぎじゃない? もう少し落ちついた方が良いって」

 

「……はい」

 

 

 肩に力が入り過ぎていたことを自覚していたのか、侍朗は素直に香澄の忠告を聞き、一つ息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞼を開くと、いつの間にか外は明るくなっていた。意識が覚醒するのと同時に、耐え難い騒音が押し寄せてきたので、詩奈は慌ててイヤーマフを着けた。

 詩奈の異常聴覚は、意識が覚醒している間しか作用しない。眠気が一定レベルを超えると、音は普通の大きさになる。これが、彼女の鋭敏過ぎる聴覚は魔法的な作用によるものだという仮説の論拠になっていた。

 結局昨晩は救出されなかったようだと、詩奈は自分の現状を理解した。つかさからは半日程度のアルバイトと聞いていたが、どうやら予定が延びたらしい。

 詩奈は空腹を覚えたが、お腹が鳴るほどではない。彼女は何時連れ出されても良いように、まずは制服に着替える事にした。この部屋は、というより詩奈に宛がわれた二階の続き間はちょっとした高級ホテル並みで、バス、トイレ、ドレッシングルーム付きだ。彼女は制服のワンピースだけ着た後、ドレッシングルームで毎朝悩みの種である癖の強い髪を丹念にブローして整えた。何処から調べたのか、彼女が使っている物と同じ化粧品が置いてあったので、一応魔法で有害物質が混入していないかチェックしてから、手早くメイクを済ませる。

 騒ぎが起こったのはそのタイミングだった。廊下をバタバタと走り回っている音がする。何が起こっているのか確かめようと、詩奈はドアノブに手を掛けたが、アンティークなドアノブはピクリともしなかった。

 

「(閉じ込められてる!? ……って、それはそうよね)」

 

 

 反射的に驚愕したのは一瞬の事で、自分の配役が「誘拐された重要人物」であることを思い出して、詩奈は落ち着きを取り戻した。

 大丈夫、と彼女は自分に言い聞かせる。CADは取り上げられていないし、魔法も問題なく使える。いざとなれば窓でも天井でも破って脱出出来る。そんなことを考えてしまうのは、詩奈が自分の置かれている状況を胡散臭く感じ始めている証拠だったが、彼女はつかさに対する疑念を無理矢理ねじ伏せて、もう少し「囚われのお姫様」に甘んじる事にした。

 

「(お腹すいたな……)」

 

 

 そんな、緊張感のない思考で心を紛らわせながら……




救出組の空気に対して、詩奈は暢気すぎるな……

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