劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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いろいろと勘違いが過ぎる……


つかさの計算違い

 突如襲撃を受けた洋館内では、カメラの復旧が急かされていた。

 

「監視カメラの映像、復帰します!」

 

「これは警察の特殊魔法急襲部隊(SMAT)? 何故警察が我々を襲う?」

 

 

 指揮官の少尉が、理解出来ないという表情で叫ぶ。特殊魔法急襲部隊、通称SMAT。一昨年の横浜事変に警察が対応出来なかったことの反省を踏まえて組織された、警察内の戦闘魔法師を集めた組織である。事変直後に設置が決定されたものの、大亜連合との停戦成立後に各方面から反対の声が上がり、二月の箱根テロ事件を受けて先月漸く発足したばかりだ。

 いろいろと悪評が飛び交う中でも、所属する隊員の士気は高い。そして最大の特徴は、ほぼ全員が千葉道場の出身者だという事だ。

 この作戦の指揮官に任命された少尉は、つかさがいるセクションとは別の部署の所属で、今回の作戦の裏に潜む事情を知らされていない。それどころか、表に出ている事情もよく理解していない。

 

「(……これは、千葉家のお転婆がしゃしゃり出てきたんですね)」

 

 

 つかさは「厄介な……」と心の中でため息を吐いた。詩奈を餌に使った事で、四葉家の二人だけでなく七草家が介入してくる可能性は計算していた。「七草の双子」が詩奈を可愛がっている事はつかさも承知している。だから「上の方」と掛け合って、当主の弘一を京都に足止めしているのだ。目論見通り、七草家の魔法師は少数しか出てきていない。七草家単独で作戦に横槍を入れてくることは無かっただろう。千葉家の出しゃばりが無ければ。

 もっとも、千葉家が関わってきた事は、大きな攪乱要因ではあっても、作戦に致命的なダメージを与える計算違いではない。

 作戦の意味を根幹から失わせる計算違い。それは、肝心のターゲットが姿を見せていない事だった。

 

「(司波達也の姿が見えませんが……餌に掛かりませんでしたか。もっと我が儘かと思ってましたが、予想外に小市民なようですね)」

 

 

 つかさは、司波達也という少年はつまらない面子にこだわらない性格だったらしいと結論付け、自分の計算違いを認めた。詩奈救出の過程で、達也が国家権力をどの程度重んじているか、それを観察するつもりだった。国防軍の権威を全く気に留めないようなら、国家に対する危険人物として排除を提案するつもりだった。

 だが生憎、国防軍が相手と分かっていながら敵対するかどうかというシチュエーションは、観測出来ないようだ。

 

「残念ですけど、何事も思い通りというわけにはいかないのが世の常ですね……」

 

 

 つかさは達観とも負け惜しみともつかないセリフを呟いて、指揮官の少尉の前に進み出た。

 

「隊長殿」

 

「遠山曹長、何か」

 

「小官に捕虜の監視へ行くことをお許しください」

 

 

 この状況でつかさが言及した「捕虜」を、この館に捕えられている少女、つまり詩奈の事と少尉は勘違いした。

 

「許可する」

 

「ありがとうございます」

 

 

 つかさはまず、詩奈の部屋に行くつもりだった。だが、そこに留まるつもりは無い。彼女は指揮官の許可を得て、米軍工作員の「捕虜」を捕らえている場所へ逃げるつもりだった。非合法工作員は捕らえた側が捕虜と認めるまで「捕虜」にならないという規定は、彼女の中で棚上げにされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突入の準備が整い、一人の隊員がエリカに話しかける。

 

「三分後に突入を開始します」

 

「分かった。指揮は任せるわ」

 

「光栄です」

 

 

 SMATの小隊長がエリカに報告し、指揮権を任された事で男臭く笑った。彼はかつて、千葉道場で「エリカ親衛隊」の筆頭を務めていた。昔の自分を知る彼の笑みに、エリカは何となく照れ臭さを覚えて顔を背けた。そちらの方では七草家の魔法師集団に守られた香澄と泉美が、緊張した目を館に向けていた。あんなにガチガチになってまともに動けるのか、とエリカは感じたが、あれが普通かと思い直した。先ほど聞いた。彼女たちはこれが初めての実戦なのだ。無力な活動家を相手にしたことはあっても、対等に武装した敵と相対した事は無かった。

 例え魔法科高校の生徒であっても、高校生は普通、実戦に臨むことはない。入学直後から銃弾飛び交う修羅場を駆け抜けてきた自分たちの方が、よほどおかしいのだ。

 

「レオ、ミキ。あんたたちは緊張してないでしょうね?」

 

「する訳ねぇだろ」

 

「僕も大丈夫。あと、僕の名前は幹比古だ!」

 

「ハイハイ。それだけ何時も通りなら問題ないわね。侍朗、あんたは大丈夫?」

 

「平気です」

 

 

 今にも突っ込んでいきそうな侍朗を見て、エリカは苦笑いを浮かべる。彼の気持ちは分からなくはないが、気持ちだけ前のめりになっても危険が増すだけなのだ。

 

「落ち着きなさい。詩奈を助けたいというあんたの気持ちは分かるけど、そんな血走った目で詩奈を助けるつもりなの? 気持ち悪いって言われるのがオチよ?」

 

「……すみません。ちょっと興奮し過ぎました」

 

 

 詩奈に「気持ちが悪い」と言われたことを想像したのか、侍朗は落ち着きを取り戻した。

 

「それにしても、俺たちはこういう事件に巻き込まれやすいのかねぇ?」

 

「あんたは自分から首を突っ込んでるんでしょ? ミキは風紀委員長だから仕方ないし、あたしはSMATの連中のまとめ役だけど、あんたはここまで付き合う義理は無いんだから」

 

「こんな面白そうな事を、放っておけるかよ」

 

「それが巻き込まれてる原因よ」

 

 

 エリカは呆れたように笑い、作戦開始まで残り数十秒の合図を見て、すぐに千葉の剣士の顔に戻ったのだった。




つかさは痛い目に遭った方が良い気がする……

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