扉が開錠される音に、詩奈は顔を上げた。それは彼女の気のせいでは無かった。
「つかささん」
「詩奈ちゃん、長時間拘束してゴメンなさい」
「いえ、その、この部屋、居心地良かったですから」
「そう、良かった」
つかさが詩奈に笑い掛ける。彼女の笑顔には、後ろめたさが一切なかった。
「今、演習の最終段階に入ったから、もう少しこの部屋にいてね。ちょっと手違いがあってスケジュールが遅れちゃったので、救出役がこの部屋に着いたら終わりよ」
「じゃあ、もう移動は無いんですね」
「ええ」
詩奈がホッとした表情を浮かべる。両親の了解は取っているというつかさの言葉を詩奈は疑っていなかったが、これ以上帰るのが遅くなると心配をかけてしまうと思っていたのである。
「私は持ち場に戻るからお見送りは出来ないけど」
「あっ、はい。お疲れ様です」
「詩奈ちゃんこそ、少し早いですけどお疲れさまでした」
詩奈は最後まで、つかさを疑わなかった。
国防軍と警察、情報部とSMATの闘いが始まった。戦いと言っても実際にやり合っているのは少人数で、警察は包囲を維持したまま、少数の精鋭を突入させた。国防軍は元々、それほど多数の兵士を用意していない。ただ実戦の練度は、国防軍側が上だった。お互い非殺傷武器でやり合って、今のところSMATに多くの脱落者が出ている。
「荒風法師!」
「パンツァー!」
その中で、レオと幹比古の奮闘が目立っている。幹比古が風の塊を大槌にして振り回す。やはり風で出来た透明な式鬼を呼び出してバリケードにツッコませ、防衛側の態勢が崩れたところに効果魔法の鎧を纏ったレオが飛び込む。
「詩奈! 何処だ!」
そう叫びながらレオに負けじと突出した侍朗が、奥から出てきた軍の魔法師の攻撃を受ける。侍朗の首元に軍の魔法師が取り出したスタンバトンが振るわれたが、いつの間にか現れたエリカの脇差がそれを跳ね上げる。そのまま刀身の腹で兵士の顔を殴りつけた。大きく振り抜くのではなく、鞭をしならせるような打ち上げ方だ。兵士の口から折れた歯が飛ぶことは無かったが、その身体は横ではなく、真下に崩れ落ちた。
「侍朗、焦り過ぎ! 技が雑になってるよ!」
「ハイ! すみません!」
情報部側もここが正念場だと考えたのだろう。二階に上がる階段の登り口に戦力を集中してきている。魔法の技量もハイレベルで、警察組織の中でも戦闘力に優れた魔法師ばかりを集めたSMAT以上の魔法力を有していた。
「幹比古、こいつら、なんか変な感じがしねぇか!?」
「たぶん、薬で一時的に魔法力を引き上げている!」
実際に拳を交えているレオと魔法を撃ち合っている幹比古の感触だ。ドーピングしているのは間違いあるまい。
「クッ、当たるかっての!」
エリカが脇差で飛んでくる弾を弾き飛ばす。魔法も厄介だが、ここにきて数メートルの距離で放たれるこの「銃弾」に、警察は特に苦戦した。国防軍側にも警察側にも、同じ日本当局同士という遠慮があり、相手を殺してしまうかもしれない攻撃にはどうしても躊躇ってしまう。そんな中この銃弾は精々骨折くらいで済むので、相手を殺す心配がない。そのお陰で圧倒的な優位性を国防軍側が発揮していた。
「泉美、行くよ!」
「ええ、香澄ちゃん!」
その状況を打破するために動いたのは、数人の味方に守られた二人の小柄な少女だった。その声を耳で拾って、エリカ、レオ、幹比古は転がるようにその場から飛び退いた。
「スリー、ツー、ワン」
「キャスト!」
室内の狭い範囲で激しい風が荒れ狂う。頭上から吹き降ろす風が敵も味方も抑えつけたかと思うと、今度は後ろから、横から、狭いゾーンに密集していた軍人と警官を煽る。
『窒息乱流』
窒素の密度を著しく高めた空気に曝されたことによる低酸素症が戦闘魔法師を無力化する。
「お次!」
そう叫んだのは香澄だ。「七草の双子」の乗積魔法は魔法式の構築と事象干渉力の付与を分担して一つの魔法を発動する物。香澄と泉美は全く同じように魔法を使えるが、香澄が魔法式の構築を、泉美が事象干渉力の付与を担う事が多い。今回も、どんな種類の魔法を紡ぎだすかは香澄に決定権がある。
香澄が選んだ魔法は『ドライ・ブリザード』。窒息乱流の発動により押し退けられた空気成分の内、二酸化炭素をかき集めてドライアイスの雹を降らせる魔法。気体を防ぐ機密シールドは、個体のドライアイスを防ぐことが出来ない。
「香澄ちゃん!」
「分かってる!」
泉美に促されて最後に発動した魔法は『酸素空洞』。英語でそのまま「酸素カプセル」を意味するこの魔法は、高濃度酸素の領域を作り出す低酸素症治療の為の魔法だ。
「吉田先輩、西城先輩、敵の拘束をお願いします!」
『窒息乱流』に倒れた警察官がもうろうとした意識を回復して立ち上がる一方で、『酸素空洞』の恩恵に与れず倒れたままの国防軍兵士を、レオや幹比古、それに偶々魔法の範囲外にいた警官が拘束していく。
「何が……起こったんですか」
半失神状態から回復した侍朗が、覚束ない足取りでエリカの方へ歩み寄る。
「うわぁ、あの二人、ちゃっかりしてるわ~」
「はっ?」
「何でもない」
美味しいところを総取りした双子に思わず呆れ声を漏らしたエリカは、侍朗に問い返されて表情を改めた。
「それより、詩奈のところに行くわよ」
「はい!」
戦闘の後始末を警察に任せて、エリカは侍朗と共に二階の奥へ向かう。詩奈の気配がする部屋の前には、女性士官が立っていた。
七草の双子が真価を発揮したら、国防軍と言えどもこうなる……