劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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持久戦ですね


障壁魔法VS分解

 遠山つかさが軽井沢の洋館から房総半島の秘密収容所に移動したのは、捕虜の米軍魔法師を何かに利用しようと考えたからではなく、単にあの場を逃れるための方便だ。詩奈や事情を知らされていなかった同僚に色々と問い詰められる前に姿を消しただけだ。洗脳が通用しない虜囚は、つかさにとって価値のない物だった。根気強く薬物投与を続ければ、もしかしたら使えるようになるかもしれない。だがその前に魔法技能が損なわれる可能性大だったし、人格の破壊は免れない。差し迫った用途も無いのに人間を壊して回るほど、彼女は人非人ではない。少なくとも自分ではそう思っている。

 

「どうせ処分するなら早い方が良い」

 

 

 つかさは一人きりの部屋でそう呟いた。この部屋は「看守」の控室なのだが、職員は現在勤務中で自分の持ち場についている。工作員を閉じ込めている部屋は完全な機密構造になっている。空調から致死性の薬品を流せば、ガス室に早変わりだ。彼女は収容所の所長に処刑を具申すべく立ち上がった。警報が鳴ったのは、その時だった。

 

「何が起こったのでしょう」

 

 

 つかさの独り言に、駆け込んできた兵士が答えた。

 

「遠山曹長、侵入者です! 出動願います!」

 

 

 飛び込んできた下士官の階級は軍曹。自分より下の階級であることを確認して、つかさは状況を尋ねた。

 

「侵入者の規模は? 警備の兵で対応できないのですか?」

 

「確認された侵入者は一人ですが、強力な魔法師です! 警備兵だけでは阻止出来ません!」

 

 

 まさか、という思いが脳裏を過ったが、すぐにつかさは自分の「妄想」を否定した。四葉家がこの収容所を襲撃しても、何のメリットもないはずだ。

 

「分かりました。私の装備は何処に?」

 

「こちらにお持ちしました」

 

 

 つかさは軍曹が差し出す情報端末機能付きのワンレンズサングラスを掛け、片耳だけを覆うマイク付きのヘッドセットを装着した。サングラスに侵入者の座標と、迎撃に向かっている兵士の情報が表示される。味方兵士は通常の射程距離内だ。

 

「援護を開始します」

 

 

 つかさはそういって、十山家の魔法を発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に見つけた警備員室の端末で工作員が捕らえられている場所を調べた達也は、念の為に『分解』で空調システムを破壊した。

 

「(ガス室に虜囚を閉じ込めるなど、ろくでもない場所だな)」

 

 

 最初からいい印象を持っていないこともあって、彼はここを非合法実験施設と決めつけた。

 

「(特に遠慮は要らなさそうだ)」

 

 

 達也は心の中でそう呟いた。もっとも、周囲に人気が無い、ちょっとした山の中の施設という事もあり、最初から遠慮などしていなかった。立ちはだかる警備員にCADの「銃口」を向ける。彼が装着しているスーツには完全思考操作型のCADが予め組み込まれていたが、今回の戦闘には慣れた拳銃型の物を使っていた。

 『トライデント』が一瞬で起動式を出力し、それより更に短い刹那の時間で発動した『分解』が迎撃の兵士を穿つ。殺してはいない。だが手足の付け根を貫通する穴を開けられて、倒れた兵士は再び立ち上がるどころか這う事も出来ないだろう。新手が現れる。達也は機械操作のように攻撃を加えようとした。廊下の角から現れた兵士は魔法障壁を纏っていたが、強弱の違いがあるだけで今までの兵士も同じだ。達也は魔法障壁を分解し、その後すぐに兵士の対組織を『分解』しようとした。

 しかし、彼が障壁を分解した直後、間髪を入れず障壁が再構築された。兵士がハイパワーライフルで反撃する。彼はその銃弾を咄嗟に切り替えた魔法で分解し、スーツの力で高速移動して射線から逃れた。廊下に身を隠す遮蔽物は無い。達也は天井の一部を分解して、その穴へ飛び上がった。

 駆け寄ってくる三人一組の兵士。達也は穴の中で身を屈めたまま、術式解散を発動した。兵士三人の対魔法障壁が消え失せるが、すぐさま魔法障壁が再構築される。

 次の瞬間、障壁が消え失せる。障壁が再々構築されるより、達也の分解魔法が兵士の身体に穴を穿つ方が早かった。六枚の障壁破壊と、一人四つの穿孔。合計十八の事象改変だが、今の達也にとっては何の困難もない。それよりも、魔法障壁再構築の方が問題だった。

 

「(ファランクスではない)」

 

 

 魔法障壁の連続生成と言えば、十文字家のファランクスが有名だが、今の魔法はファランクスでは無かった。達也は克人のファランクスを実際に見たことがあったから断言出来た。今の障壁は十文字家の魔法に非常に似通った別の術式だと。

 

「(考えられるのは第十研で開発された魔法)」

 

 

 貫通していなかった天井の穴から降りて、達也は再び廊下を走る。

 

「(第十研で開発された魔法師、今回の一件には十山家が関わっているのか?)」

 

 

 今の魔法は、一昨日の襲撃の際にマナースクールで見た魔法と同じものだった。あの襲撃も、背後で十山家が糸を引いていたという事だろうか。

 

「(母上からなるべく関わるなと言われたが……相手が深雪に害を為すなら話は別だ)」

 

 

 施設の奥へ進むにつれて、警備兵と遭遇する頻度も上昇する。出現する兵士の全てがあの魔法障壁を纏っていたが、達也の前進を阻むことは、最早出来なかった。

 

「(確かに厄介な魔法だが、俺には相性がいい)」

 

 

 達也は敵の魔法を冷静に評価しながら、遂に監獄があるエリアに突入した。




分が悪い上に実力差が凄いですから……相手にすらならない

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