劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1131 / 2283
救出の仕方も凄いな……


米兵救出

 つかさは迎撃を支援しながら、心の中で悲鳴を上げていた。

 

「(私の……十山の魔法が通用しないなんて!?)」

 

 

 十山家の魔法は個人用魔法障壁の同時多数投射。保護対象者の肉体を起点として、その周囲に魔法障壁を構築する術式。魔法のターゲットが予め登録されている為、直接視認の必要はなく、座標を再設定する必要もない。術者のキャパシティが許す限り、何人でも何度でも魔法の鎧を味方に着せる事が出来る。本来は要人の逃亡を支援する為の術式。国家の心臓部にまで敵に攻め込まれた時、政府の要人を銃弾や爆発から逃がす為の魔法だ。

 十山家は中央政府の最終防壁。首都の最終防壁である十文字家に対して「中央政府の」と称される所以がこれだ。十山家が守るべきは政府要人のみ。市民はその対象に含まれない。このような性質を持たされているから、十山家は表舞台に立つことは許されない。

 市民を見捨てて逃走する手段という極めて消極的な動機で開発された魔法だが、敵兵を食い止めるという積極的な目的に使えないわけではない。味方の識別信号をターゲットにして魔法を発動すれば、兵士は自分の魔法技能を超えた強力な防壁を纏って攻撃に専念する事が出来る。つかさが着けているバイザーは、その為の道具だった。

 この技術を開発したのは国防軍情報部。この技術によって、十山家は「逃げ出す為だけの魔法師」から脱却できた。十山家にも、前向きに国家に貢献したいという欲があった。その望みを叶えるべく国防軍情報部と取引した結果が「遠山」の名を持つ魔法師。つかさはその二代目になる。二代目にして「遠山」は、情報部に不可欠な存在になっている。

 他国に対して破壊工作を仕掛けようとする場合、工作班には大抵魔法師が含まれる。個人が運用できる戦力として、魔法は破格の威力を持つからだ。必然的に破壊工作を阻止する防諜セクションには魔法に対抗する力が求められる。魔法師でなくても魔法障壁の恩恵を受けられる十山家の魔法は、防諜セクションにおいて大きなプレゼンスを獲得した。

 つかさの魔法は、拠点を防衛する兵士から頼られるのだ。彼女の魔法が通じないと分かったら、士気は大きく減退するだろう。そこから防衛体制が瓦解してしまうかもしれない。だからつかさは不安を表情に出す事が出来ない。先天的な欠陥の所為で不安を覚える精神的な機能も低下している。そのお陰でポーカーフェイスを保つのに対して苦労はしない。

 しかし彼女の演技に関係なく、この敵を阻止できないという結果は、すぐ傍まで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 米軍の工作員を閉じ込めている監獄は、渦巻き状の廊下に囲まれたブロックに会った。別棟になっているなら、外からもっと早く侵入できただろう。

 しかしここまでくれば、もう馬鹿正直に廊下を通っていく必要はない。達也は内側の壁にトライデントを向け、分解魔法で廊下の壁を打ち抜いた。次の瞬間、全ての監獄の壁に人が通れる穴が開いた。天井にトライデントを向ける。刳り貫かれた天井が警備兵の上に落ちた。

 彼は監獄へ走った。既に人を閉じ込めておく機能が失われているにも拘わらず誰も脱出してこないという事は、出てこられない状況にされているのかもしれない。

 達也の懸念は的中したが、最悪には遠かった。虜囚は薬物で麻痺しているだけだった。虜囚を蝕む体内の薬物に「眼」を向け、全て同じ薬物であることを確認して、達也は当該薬物の概念に照準を合わせて分解魔法を発動した。概念に対応する薬物が、元素レベルで分解される。

 人体に有害な元素もあったが、当座の麻痺は消える。彼は激しく咳をして、吐きそうになって結局吐けなかった手近の女性に声を掛けた。

 

「立てるか? 立てるなら仲間に声をかけてほしい。脱出するぞ」

 

「大、丈夫です……この声は、タツヤ・シバ?」

 

 

 達也はヘルメットの奥で眉を顰めた。このスーツに変声機能は付いていないが、ヘルメットはスモークになっている。

 

「俺を知っているのか?」

 

「わ、ゴホッ、私は、USNA軍参謀本部直属魔法師部隊スターズ所属、シルヴィア・マーキュリー准尉です。去年、リーナの副官として一時期日本に滞在していました」

 

「リーナの副官か。なるほど……自分は貴女たちを脱出させるよう命じられている。可能なら自分の足で歩いてほしい」

 

「可能です。仲間に声をかけてきます」

 

 

 少し吐き気が収まったのか、シルヴィアは咳をすることも無くしっかりとした口調で答えた。

 達也を先頭に収容所の建物から脱出する。背後から撃たれることは無かった。米軍工作員の中にそんな愚か者は、さすがにいなかったようだ。前に立ちはだかる兵士もすでに尽きかけているようで、妨害は散発的になっていた。

 兵員輸送用のトラックを見つけて、そこに駆け寄る。良く鍛えられている為か、既に全員が走れるまでに回復している。達也はトラックのナビに、花菱兵庫がいる地点の住所番地を打ち込んだ。

 

「ナビが案内する先で、自分の仲間が待っている。その者の指示に従えば脱出できるはずだ」

 

 

 シルヴィアは少し躊躇った後、頷いた。

 

「……理由は伺いません。本来ならば処刑もやむを得ない所、助けていただき、ありがとうございました」

 

 

 シルヴィアが達也に敬礼する。達也も陸軍式の敬礼で応えた。




しかし必要以上に助けはしない……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。