シルヴィアたちを乗せたトラックを見送って、達也は収容所の中に戻った。そのまま脱出しても問題は無かっただろう。スモークシールドのヘルメットを被ったライディングスーツ姿の映像だけでは襲撃犯を特定する事は出来ないし、警備員室の端末で所内の構造を調べた際に、ここで行われた人体実験の記録を保険として確保してある。
彼が収容所に戻るのは、後で余計な手間を掛けずに済むよう事前に不都合な記録を消しておく為。必要ではないがやっておいた方が良い事後処置と、個人的な後始末の為だ。
建物の最上階にトライデントを向ける。分解魔法により、指揮指令室の屋根が消し飛んだ。達也はスーツの飛行機能を使って、指令室に上から侵入する。
いきなり天井が消え失せた指令室では、収容所の責任者とスタッフが、両手を上げて待ち受けていた。
「降参する。貴君の戦闘力は、我々が対応出来るものではない」
達也は頷き、魔法で合成した声で応える。
『監視システムのデータをすべて消去させてもらいます』
「分かった」
達也は手近の端末に手を伸ばす。わざわざ操作を偽装するような手間は掛けず、電磁気的な情報体を魔法で全て分解した。
『十山家の魔法師は何処にいますか』
「――遠山曹長は、隣の部屋にいる」
責任者の大尉は一瞬躊躇ったが、自分が回答を拒絶出来る立場に無いという事を思い出し、無念の滲む声で答えた。
『私を追ってはなりません』
達也はそう伝えて、音声合成の魔法を切った。飛び上がり隣の部屋を覗き込むと、案の定そこには誰もいなかった。建物に沿って逃げていく人影が、上空からだとはっきり見える。行く先は先ほどシルヴィアたちを見送った駐車場だ。達也はつかさの行く手を遮る形で地上に降り立った。
「四葉家の司波達也殿ですね」
つかさはいきなり彼の名を言い当てた。達也の答えは、魔法だった。彼はトライデントを構えずに、つかさの魔法障壁をはぎ取った。達也が右腕を持ち上げ、トライデントがつかさを照準に捉える。
その間にも、魔法障壁の構築と破壊が繰り返されていた。つかさが力尽きたように、両膝をつく。破壊のスピードが、構築のスピードを完全に上回った。達也が引き金を引こうとする。
「待てっ!」
その大音声と、つかさを囲む対魔法障壁の発生はどちらが早かっただろう。スピードも障壁の強度も、つかさのものより数段上だ。
達也の分解魔法が障壁を破壊するが、ほぼ同時に障壁が再構築される。それが幾度も幾度も繰り返される。しかし数十回に及んだその攻防は、実のところ三秒にも満たない時間、上空から人が落ちてくる間の出来事だった。
「この女性を殺させるわけにはいかん」
上空のヘリから飛び降りたのは克人だった。達也はトライデントをつかさに向けたままだ。その前に、克人が立ちはだかる。
「事情は知らん。だが、引け。このまま立ち去ってくれるなら、攻撃はしない。約束しよう」
本来の力を制御しつつある今の達也なら、克人ごと消し去るのは容易だが、彼は無言で頷き克人に背を向けた。彼は克人からの攻撃を警戒した素振りも無く、飛行魔法を発動し『ウイングレス』を駐めてある場所へ移動する。程なく克人は、それを飛んでいく黒塗りのバイクに跨ったライダーの姿を見送った。
違法収容所襲撃の一週間後。克人の自宅につかさがやってきた。
「克人さん、お忙しい所失礼します」
応接室に克人が姿を見せると同時に、つかさは立ち上がり深々と腰を折った。
「先日は誠にありがとうございました」
「いえ、お礼は十分頂きました」
だからもう頭を下げる必要はない、と克人が言外に告げる。それを理解したつかさが、頭を上げた。
「どうぞ、お掛けください」
克人の言葉に従い、つかさがソファに戻る。
「お加減はもうよろしいのですか」
「お陰様で。すっかり回復しました」
達也との一戦はつかさの魔法演算領域に過重な負荷を掛けるものだった。深刻な後遺症も懸念されたが、幸い一週間の休養で元に戻った。
「先週、助けに来てくださったのは父がお願いしたからだと聞きました」
「いえ。御父上は魔法師同士の私闘を知らせてくださっただけです。それを止めるのは十師族の義務だ。お気になさる必要はありません」
「私闘、ですか……」
つかさが微かな苦笑を漏らす。収容所襲撃に関しては一方的に襲われた格好だが、その前につかさの側から仕掛けたことを含めれば確かに私闘だ。その部分まで克人は父親から聞いているに違いなかった。
「あの襲撃者はやはり――」
「つかささん。そこから先を伺う事は出来ません。貴女もそれを口にしてはならない。良いですね」
四葉家の司波達也さんでしょうか、と言い掛けたセリフを、克人が強引に遮る。
「……私は今回、絶体絶命の窮地から助けられた立場ですから、そのお言葉には従いますね。――一つだけ、関係のない事を申し上げても良いですか」
含みのある答えを返した後、短い沈黙を挟んで、つかさが何時もの感情が篭っていない笑顔で話しかける。
「何でしょう」
克人はいつも通り、眉一つ動かさずに続きを促した。
「先日の戦闘を見て確信しました。克人さん。貴方なら、彼に勝てます」
しかしこのセリフには、克人といえど表情を動かさずにいられなかった。
この言葉に踊らされる克人も克人だな……