劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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噂されても仕方ないかと……


幕間 噂の出所

 詩奈が救出された日の翌日、一高内にはおかしな噂が流れていた。

 

「あっ、美月」

 

「おはようございます……? あの、私の顔になにか付いてますか?」

 

「貴女、何時の間に吉田君と付き合ってたの?」

 

「えぇっ!? べ、別に付き合ってないし、何でそんな噂が流れてるの?」

 

 

 寝耳に水な出来事に、美月は顔を真っ赤にして慌てて否定する。美月が慌てれば慌てる程噂が真実だと思われるのだが、彼女一人ではこの事態を切り抜ける術は無かった。

 

「おはよう。美月、どうかしたのか?」

 

「あっ、達也さん!」

 

 

 今年もクラスメイトである達也が教室に現れたので、美月は救世主が現れたように表情を明るくした。

 

「あの、何故か私と吉田君が付き合っている事になっているんですが……」

 

「美月と幹比古が? 本当なのか?」

 

「違います!」

 

「そこまで力強く否定すると、幹比古が可哀想だと思うんだが」

 

「あっ、別に吉田君の事が嫌いだとか、そういう事じゃないんです……でも、何でいきなり付き合ってるとか言われてるのかが分からなくて……」

 

「あれじゃないか? 山岳部が記録用に撮っていた映像に、幹比古の上着を当然のように受け取る美月が映っていたのを見たやつが勘違いしたんじゃないだろうか」

 

「吉田君の上着、ですか……?」

 

 

 何のことかと一瞬考えた美月だったが、すぐに思い出したのか小さく手を打った。

 

「矢車の稽古用に記録していたようだが、その映像を事情を知らない人間が見て、お前たちの関係を邪推したんじゃないか?」

 

「あれだけで誤解されるのでしょうか?」

 

 

 美月としては、戦う前に上着を脱ぐのは当然だと思っていたし、あの場に上着を置いて汚れない場所は無かったので、受け取るのも当然だと思っていた。

 

「幹比古が声をかけて、美月が受け取ったなら問題は無かっただろうが、幹比古も美月も当然のように上着の受け渡しをしていたからな。事情を知らない人間が見たら、長年連れ添った夫婦に見えてもおかしくなかったんじゃないか?」

 

「た、達也さんもその映像を見たんですか?」

 

「あぁ。さっきレオとエリカに見せてもらった。二人曰く『面白いものが映ってる』って言ってたからな」

 

 

 達也は特に気にした様子もなく、何処で映像を見たかを美月に話す。美月は達也に断ってから席を立ち、隣のクラスに乗り込んだ。

 

「エリカちゃん! レオ君!」

 

「おっと、悪いが噂の出所は俺たちじゃねぇぜ?」

 

「そ、そうなの?」

 

「録画してた山岳部の一年生が侍朗に送ろうとして、間違えて学内掲示板に送っちまったらしい」

 

「あたしはそれをダウンロードして達也くんに見せただけだよ」

 

 

 真相を聞いて、美月はとりあえずレオとエリカに頭を下げた。

 

「ゴメンなさい、疑っちゃって」

 

「まぁ、俺は兎も角こいつは散々幹比古と美月をからかってたからな。疑われてもしょうがねぇって」

 

「そうかもしれないけど、あんたに言われるのだけは納得出来ないわね」

 

「ところで、何でその一年生は矢車君に送ろうとして、間違えたの?」

 

「一応学内で撮った映像だからな。外部に流せないようになってるらしいんだよ。それで、学内の端末から侍朗に送ろうとして、アドレスを間違えたんだとよ。まさかこんな騒ぎになるとはって、さっき反省した面持ちで知らせてくれたんだ」

 

 

 レオがそういうと、廊下からその一年生と思われる男子生徒が声をかけてきた。

 

「おっ、どうやら幹比古のところから戻ってきたみたいだな」

 

 

 レオは立ち上がりその男子生徒に美月を指差しながら、もう一人の被害者だと説明する。

 

「本当に申し訳ありませんでした。俺がミスしたばかりに、柴田先輩にもご迷惑を……」

 

「いえ、ミスは誰にでもあることですから。ちょっと恥ずかしかったですが、所詮噂は噂ですし、君がそこまで気にする事ではありませんよ」

 

 

 美月の笑みに救われたのか、男子生徒はもう一度頭を下げて自分の教室に戻っていった。

 

「あの子、二科生なんですね」

 

「山岳部の連中の大半は二科生だからな。桜井が特殊だけどよ」

 

「まぁ部活に一科生と二科生の枠は無いから、本来どっちが入部しても良いんだけどね」

 

「だが美月、何でそんなことが気になったんだ?」

 

 

 確かにその通りだと思ったのか、エリカも興味深げに美月の顔を覗き込んだ。他の相手に覗きこまれたら顔を真っ赤にしただろうが、一年からの付き合いであるエリカとレオに覗きこまれても、美月は大げさに照れる事無く答えた。

 

「上級生の、しかも一科生の教室に行ってたなら、かなり緊張しただろうなと思っただけだよ。いくら今の三年生は差別意識薄いと言っても、皆無ってわけじゃないんだし」

 

「ミキなら風紀委員会本部にいたから、それほど緊張しなかったんじゃない?」

 

「そうなの? でもエリカちゃん、良く知ってたね」

 

「謝りたいってあの一年生が言ってた時に達也くんが来てね。ついでにミキの居場所を探してもらったのよ」

 

「なるほど」

 

 

 達也ならそれくらい簡単だろうと納得した美月は、そろそろ始業のチャイムが鳴るからと自分のクラスに戻った。そこで気づいたのは、噂の出所は判明したが、一切何も解決していないという事だった。

 

「あっ!」

 

「柴田さん、どうかしました?」

 

「い、いえ……何でもありません」

 

 

 ジェファニー・スミス教諭が不思議そうに首を傾げながら美月を眺めていたが、美月はその視線に気付けなかった。




幹比古と美月はお似合いですからね

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