ピラーズ・ブレイクの会場から部屋に戻ろうとしていた達也の前に、女子のグループが立ちはだかった。
「今度は君たちか……」
「今度? 何の事ですか?」
「いや、こっちの話だ」
達也の前に現れたのは三高女子一年のグループ。その中の数字付きのメンバーだった。
「それで、何か用か?」
将輝や真紅郎の様に試合前ではないので、達也の方もそれほど威圧する事は無かった。だが十五歳の少女には些か耐えられなかったのか、愛梨たちは少し達也から離れる。
「達也様に言っておきたい事がありまして……それでこのタイミングならお時間が平気ではないかと思って来たのですが……」
「別に構わないが、一応対戦相手なんだが」
「分かってます。でも達也さんに如何しても言っておきたい事があるって愛梨が」
「そうそう。私たちも達也さんに言いたい事があるし、それじゃあ一緒に行こうって事になったんだ」
愛梨一人では説得が難しいと判断したのか、栞と沓子も会話に加わってきた。別に達也は相手をする事を拒否してる訳では無いのでが、形だけでも抵抗しておかないと周りの人間に誤解されると思ったからそうしてただけなのだ。
「……まあ今は試合前では無いし、この後も特に予定は無いから構わないが」
これ以上抵抗すると、今度は苛めてるのではないかと誤解されそうになったので、達也は愛梨たちの話を聞く事にした。
「じゃあまずは私から」
達也が話しを聞く体勢になったのを確認してすぐ、愛梨が申し出た。彼女たちの中でも序列はあるんだなと考えていた達也だったが、もしかして他意は無く単純に愛梨が最も何かを伝えたかっただけなのだろうかとも考えていた。
「私は確かに明智選手に負けましたけども、あれは個人的技能に負けたんでは無く達也様、貴方が調整したCADと貴方が立てた作戦に負けたんです! 決して私が明智選手に魔法力で劣ってた訳ではありませんわ!」
「……それは何となく分かるが、わざわざ言いに来る必要はあったのか?」
エイミィが愛梨に魔法力で勝ってたとは達也も、エイミィ自身も思って無かった事だ。達也の奇襲作戦が功を制しただけなのだ。達也としてはそれを全面的に受け入れる事はしなかったが、エイミィがそう触れ回ってるので否定しても今更なのだ。
「だって! 達也様に大した事無いと思われたく無かったのですもの!」
「私も。スピード・シューティングで負けたのは選手にでは無く達也さんの調整したCADに負けたと思ってる。だってクラウド・ボールでは勝ったもん」
「私もそうだと思ってる。達也さんが調整してない選手は、それほど強いって感じがしなかったし、バトル・ボードは負けちゃったみたいだけどね」
「光井選手は相当の実力者ですし、作戦を担当した人がウチの作戦スタッフより一枚上手でしたからね」
愛梨に続くように、栞、沓子、香蓮が次々に言い訳とも取れる事を達也に伝えていく。
「知らないようだから一応言っとくが、ほのかの作戦を立てたのは俺だ」
「えっ!? ですが達也さんはバトル・ボードを担当してないのでは?」
「調整は担当してない。だが、練習の時にあの作戦をほのかに覚えさせたのは俺だ」
「そうなんですの……やっぱり達也様は強敵ですわね」
選手にでは無く、何故自分に敵意を向けるのかが分からない達也は、愛梨のこぼした言葉に首を捻る。
「なあ一色さん……」
「愛梨で構いませんわ」
「そう言われても……」
「栞」
「沓子だよ~」
「香蓮です」
次々に名前で呼ぶように迫られ、達也は一つため息を吐いた。
「愛梨、何故俺に敵意を向けるんだ? 向けるなら選手にだろ」
苗字で呼んでいては当分答えは得られないと判断した達也は、愛梨たちを名前で呼ぶ事にした。その判断は正しかったのかは分からないが、愛梨は頬を真っ赤に染め上げて答えた。
「一高の女子ならば、司波深雪以外は相手になりませんもの。ですから私たちの相手は達也様、貴方なのです」
「その司波深雪は、新人戦から本戦に移っちゃったから直接対決がなくなったけど」
「それだけ私たちは達也さんを認めてるんだよ~」
「悔しいですが、私にはあの作戦は思いつきませんでした」
「伝えたかった事はそれだけです」
「そうか……それじゃあ、愛梨、栞、沓子、香蓮、そろそろ戻った方が良い。こっちは一高が使ってるエリアだからな」
四人に言い聞かせるように達也が優しく言うと、四人は真っ赤になりながらも達也の前を辞した。それでもしっかりと一礼していく辺り、彼女たちの育ちのよさが窺えた。
「やれやれ……」
達也が今度こそ部屋に戻ろうとして歩を進めると、またしても少女が立ちはだかった。だが今度は立ちはだかると言うよりも立ち止まってると言った方が正確だが……
「雫」
「達也さん?」
立ち止まっていた少女――雫に声を掛けると、雫は達也目掛けて駆け込んできた。
「負けちゃった……」
「そうだな。雫には悪い事をしたな」
「? 達也さんは何もしてないよ」
「『フォノンメーザー』を二週間で習得出来るなんてのは、見通しの悪い考えだったな。あれが無ければもう少し白熱した試合になるはずだった……ホントにすまなかった」
達也が謝ってきたのを、雫は予想外だと言わんばかりの表情で首を振った。
「あれが無ければ深雪に一矢報いる事すら出来なかった。習得出来なかったのは私が未熟だから。だから達也さんは悪く無いよ……」
達也の腹に――身長差がある為に胸とは行かなかったのだ――顔を押し当てて泣きじゃくる雫。そんな雫に、達也は優しく抱きしめて頭を撫でた。
「達也さん?」
「悔しいなら泣けば良い。だが何時までも引き摺ってたら強くはなれない」
「うん……」
甘えても良いと言われて、雫は達也を抱きしめ返す。そして堰が崩れたのか雫の涙が留まる事なくあふれ出した。
「悔しい、悔しいよ達也さん……深雪に手も足も出なかった……」
「そうだな」
「達也さんがせっかく秘策を伝授してくれたのに、それでも深雪に届かなかった」
「ああ」
「これじゃあ達也さんに申し訳無いよ」
「そんな事は無い」
慰めるように、達也は自己否定し始めた雫を優しく包み込む。普段は無表情で何を考えてるのかが分かり難い達也だが、彼にもこうした事は出来るのだ。
泣き疲れたのか、雫は達也に抱きついたまま寝てしまった。
「しょうがないな……」
雫を抱きかかえ、達也は雫の部屋へと向かう。確か同室はほのかだったと思い出し、達也は少し気が引けた。
「ほのか、すまないが開けてくれるか?」
『た、達也さん!? ちょ、ちょっと待ってください!』
扉をノックすると、中から慌てた声が返ってきた。何をそんなに慌てるのか、達也には理解出来なかったのだ。
「ど、どうぞ……あれ? 雫」
「泣き疲れて寝てしまった。ベッドに寝かせたら俺は帰るよ」
「そ、そうですよね……あはは……」
「?」
何かを期待していたのか、ほのかは気の抜けた笑い声を出した。
「そうだ! 達也さんのおかげで優勝する事が出来ました!」
「……ちょっとだけだけどな。後はほのかの実力だ」
「そんな事無いですよ! 達也さんが居なかったら私……」
ほのかにまで泣き付かれそうになり、達也は早々に部屋を辞す事にした。さすがに二人目は勘弁してもらいたかったのだろう。
達也が出て行った部屋で、ほのかは雫の頬を撫でていた。
「悔しかったんだね。あれほどの力の差を見せられて」
幼馴染の雫が、あまり他人に感情を見せない雫が達也に感情を見せたのを受けて、ほのかは雫が自分のライバルになった事を確信したのだった。
「雫には負けたくない。強敵だけど絶対に負けない!」
意気込むほのかだが、彼女にも雫にも、友情を壊そうと言う考えは無いのだ。あくまでもライバルになるだけで、親友である事には変わりない、そう思えるだけの年月が彼女たちの間にはあったのだ。
だからほのかも寝ている雫に宣言するだけで、起きている時にはその事を言わなかったのだった。
兄妹感も否めませんが、雫が達也に依存し始めてます。依存はほのかの専売特許なんですがね……