達也が新居入りした翌日、エリカ、ほのか、雫、エイミィ、スバル、紗耶香の六人の荷物がまず先に届き、四葉従者がそれぞれの部屋に荷物を運び入れる。そんな中まず最初にこの新居にやってきたのはエリカだった。
「達也くん、おはよう」
「おはよう、エリカ。随分と早いんだな」
「行き遅れ陰険ババアに厭味を言いまくったらクソオヤジが出てきたからね。さっさと家を出てきたのよ」
「最後まで家族との関係は険悪だったのか」
「向こうが改善するつもりがないのに、あたしが下手に出る必要なんて無いと思うけど?」
「まぁ、家族という点では、俺もエリカと大して変わらなかったがな」
「達也くんの場合は、あたしとはちょっと違うと思うけどね」
達也の家庭事情をある程度聞いているエリカは、自分と達也、どちらが幸せなのだろうかと首を傾げたが、どっちも幸せじゃなかったと結論付けて新居を見回す。
「随分と広いわね……あたしが稽古するスペースもありそうね」
「私有地だからな。木刀だろうが真剣だろうが、外から見られなければ問題ない」
「そういえば今日、さーやも来るんでしょ? 早速手合わせしたいわね」
「紗耶香さんならまだ来てないぞ。というか、今日越してくるメンバーでエリカが一番だ」
「まぁ、まだ朝だしね」
普通なら家族との別れを惜しんだり、今まで住んでいた部屋の管理人などに挨拶をしたりするのだろうと、エリカは経験のない事を考えて、とても面倒だなと切り捨てる。
「ところで、あたしの部屋は何処?」
「行けば分かるようになってるはずだ」
「ふーん……それほど荷物もないし、今はいいや。それより、達也くんの稽古を見学してても良い?」
「それは構わないが、見ていても面白くは無いと思うぞ?」
「別に良いの。あたしが見たいだけだから」
エリカはこうなったら梃子でも動かないという事を知っている達也は、それ以上無駄口を叩くことはせずに身体を動かし始める。既に八雲の寺で組手を済ませてきたのだが、引っ越したばかりだからと早めに切り上げられてしまい、達也としては不完全燃焼だったのだ。
「レオやミキも相当だけど、やっぱり達也くんは別格だわ」
「ん?」
「今度侍朗と手合わせしてもらおうかとも思ってたけど、身になる前に挫折しちゃうわね、ここまで実力差があると」
「矢車侍朗に稽古をつけているんだってな。一応敷地内に剣道場も作らせてあるから、ここで稽古をつけてやっても構わないぞ」
「さすがにここに連れてくるわけにはいかないでしょ……相津君に体育館の端を貸してもらってるから、それで十分よ」
「そうか」
別に機密文書や、四葉家の闇に触れるようなものは置いていないので、達也としては侍朗がここに来ても問題は無いという考えだったのだが、エリカは新居に他の男を連れ込むのは些か嫌な気分なのだろう。
「エリカも一緒にやるか?」
「あたしじゃ達也くんの動きについていくのが精一杯で、稽古にならないわよ?」
「別に組手をしたいわけじゃない。そもそも、組手は既にしてきたからな」
「あっ、九重先生のお寺? 毎朝大変ね」
「日課だからな。それに、一日サボると後が大変だからな」
「達也くんクラスだからこそ、一日の大切さを理解してるのね」
エリカもかなりの達人なので、達也が言わんとしている事は理解出来る。それだけにここに剣道場と、紗耶香が来るというのはエリカにとってとてもありがたいことだった。
「それじゃあ、達也くんの動きを真似るくらいはしようかな。朝稽古しそこなっちゃったし」
「自分で蒔いた種だろうが」
達也の鋭い指摘に、エリカは明後日の方へ視線をやって恍ける。これくらいで達也を誤魔化せるわけがないと知っているので、エリカは露骨に話題を変えることにした。
「ところで、どうしてあたしたちが二日目なの? 初日のメンバーはまぁ仕方ないにしても、七草先輩たちの方が先だと思ってた」
「それだけウチと七草家の関係が悪化している、という事だろう。母上は師族会議で仕留めるつもりだったらしいが、九島家が間に入った所為で仕留め損ねたし、この間の二十八家の若者を集めた会議でも、七草家はウチに喧嘩を売ってきたからな」
「深雪を宣伝に使おうとかいうあれ?」
「エリカも知っていたのか」
「一応はね。でもまぁ、深雪を使うだなんて、達也くんに消されてもおかしくないことをしようとしたわね、七草家も」
「七草先輩や香澄たちは聞いていなかったようだがな」
「ふーん……って、そんな動きは出来ないって」
喋りながらも型の稽古を続ける達也の真似をしていたエリカだったが、さすがに達也の動きを完璧に真似る事は難しかったようで、少しぎこちない動きになってきている。
「別に完璧に真似なくても良いんじゃないか? あくまで身体を動かす事が目的なんだからな」
「でも、なんだか悔しいじゃん! 別に達也くんと張り合うつもりは無いけどさ」
「……この気配は、雫とほのかか。一緒に来たようだな」
「あたしはまだ気配を掴めないけど、達也くんが言うなら間違いないだろうね」
エリカもこの二年で敵意の有無、味方の気配を感じ取ることが出来るようになってきたが、達也程の精度は無い。そもそも、達也のソレはエリカのとは別の方法なので、対抗しようとするだけ無駄なのである。
「稽古はこれでおしまい?」
「そうだな。軽くシャワーを浴びて朝食になるだろう」
「あたしもシャワー使いたいな。後で案内して」
「分かった」
雫とほのかを出迎えるべく移動する達也の後に続きながら、エリカは何となく幸せな気分に浸っていたのだった。
達也の方は、中学時代から深雪、あまり会わないが真夜から愛されてはいましたが……