新人戦四日目、この日は九校戦のメイン競技とも言えるモノリス・コードの新人戦予選リーグが行われる日だが、観客の注目は花形競技のミラージ・バットに集まってるようだ。
この競技は参加選手が様々なコスチュームで挑む事から、一種のファッションショーな感じになっているので、それが原因かと思いきや、観客の何割かは選手にでは無く達也に視線を向けているのだ。
「何だか見られてるような……」
「自分の事になると鈍いってのは本当だったんだね」
「……里美には分かるのか?」
「もちろん! 対戦校のエンジニアは君の事が気になってしょうがないんだろうさ」
担当する選手、里美スバルがそう言い切るので、達也は感じている方向に視線を向け、存在を探った。
「しかし、何で俺なんかを」
「担当した選手が事実上無敗、選手の能力もそうだが、ここまで行けば高度にチューンナップされたCADが影響してると、誰でも分かるものだよ」
「……担当エンジニアなんて少し調べれば分かるものだからな」
「そうそう。皆司波君を見に来てるんだよ」
「それは大げさじゃないか?」
達也は何となくではあるが、スバルは摩利に似ていると思っている。異性より同性に人気がありそうな雰囲気と、本人がそれを自覚しているとこ、だが似ているのはあくまでも何となくであり、二人に男装をさせれば明確に違いが出てくるとも思っている。
摩利は男装の麗人、スバルは劇団の美少年役と言った感じになるだろうと……
「確かにこのデバイスなら負ける気はしないね。僕もこの恩恵にあやかって予選を突破してこよう」
「強気なのは良いが、油断だけはするなよ」
「分かってるさ。いくらデバイスが良くとも、使う人間が駄目なら意味が無いからな。しっかりと気を引き締めるさ」
スバルに一応の釘を刺して送り出し、達也は会場を見守る。可能性としては低いが、妨害工作が無いと言い切れない状況には変わりないのだから……
無事にスバルもほのかも予選を突破し、今は各自サウンドスリーパーを使って熟睡中だ。達也もさすがに疲れたのかホテルの自室に戻り仮眠を取る事にしたのだ。
「(今頃はモノリス・コードの予選第二試合ってところか。森崎たちは俺に見に来てほしくないだろうし、相手はここまで最下位の四高だ。さすがに取りこぼす事はしないだろうな)」
そんな事を考えながら、達也は昨日わざわざ自分の事を見に来た三高の二人の事を思い出していた。
「(同じ高校に『クリムゾン・プリンス』と『カーディナル・ジョージ』が揃ってるのは些か反則じみてるが、これは仕方ない事だしな……森崎たちも可哀想に)」
既に社会的地位と名誉のある二人を同時に相手にしなくてはいけない森崎たちに、達也は少し同情した。
「(最悪準優勝しておけば新人戦の優勝は確実だろうから、せめて三高と当たるまでは負けないように祈っておく事にするか)」
達也自身、そもそも結果にはあまり興味が無いのだが、どうせ天幕に行けば真由美や摩利、鈴音が点数計算をしてそれに自分を巻き込んでくるのだから、一応は頭の中で計算をしておくべきなのだろうと、ここ数日で達也が学んだ事だ。
仮眠を済ませて天幕に向かうと、達也が想像してた以上にその場所は騒がしかった。
「あっ、お兄様!」
「如何した、モノリス・コードで事故か?」
質問の形を途中で変えて、断定口調ながらも尋ねるように達也は深雪に問う。
「はい……いえ、あれは事故と言いますか……」
「故意のオーバーアタックだよあれは。明らかにルール違反」
深雪が言い淀んだ言葉を、雫が受け継ぎ、より過激に言い切った。
「雫……今の段階であまり過激な事を言うものじゃないわ。まだ四高の故意によるものと決まった訳じゃないのだから」
「そうですよ、北山さん。事故とは考え難いけども、故意だとも断定出来る証拠は無いのですから、むやみに相手を疑うのは良く無いですよ。勝手に決め付けると、その事だけが一人歩きして事実として皆さんに認識されてしまうのですから」
随分と上級生らしい事を言ってるなと、達也が真由美を眺めていると、不意に真由美が達也の方に視線を向けた。
「なんでしょうか?」
「今、失礼な事を考えて無かった?」
「いえ、さすがは最上級生で生徒会長だなと感心していただけです」
「そう? なら良いけど」
達也の表情を確認して、嘘を吐いてるようではないと判断して、真由美は少し上機嫌になった。
「それで、怪我の具合は如何なんです?」
「……今の会話だけで怪我をしてるって分かっちゃうんだ……重症よ。廃ビルの中に居る時に『破城槌』を受けて瓦礫の下敷きになっちゃって……」
「状況が良く分からないのですが……三人が揃ってビルの中に居たんですか?」
「スタート地点が廃ビルだったのよ」
真由美の説明に納得した達也だったが、新たな疑問が彼の中に生まれた。
「スタート地点は相手には伝えられてないはずですよね」
「だから四高の故意だって言える。フライングして気配を探ってたんだ」
「雫、気持ちは分かるが決め付けは駄目だ。意識しないでも気配を探れる人間だって居るんだから、そう言う事情なのかもしれないだろ」
「だけど……」
雫を黙らせて達也は真由美に視線を戻す。
「それで森崎たちの具合は?」
「防護服を着ていたとは言え瓦礫の下敷きですので、全治は二週間、魔法治療をしても三日は絶対安静ね」
「そうですか」
となると一高の新人戦優勝は遠のいたなと、達也は別の事を考えていた。それほど親しい訳でもなく、むしろ嫌われている相手の事を心配するほど、達也はお人よしでは無い。
「治療を見てて、ちょっと気持ち悪くなっちゃった」
だが真由美のこの言葉に達也の意識は現実に引き戻される。達也にしか聞こえないくらいの声量だったから良いものの、これがもし誰か他の人にも聞かれていたら問題になりかねない。先日の弟みたいという発言は、達也をからかうためのその場の冗談だったと思っていた達也だが、如何やら真由美の中では何割かは本気だったようだ。
「こんな事達也君にしか言えないけどね」
ウインクでもついてきそうな感じで言う真由美を見て、達也はため息を吐きたい衝動に駆られた。だがこの場でため息を吐けば、何事かと心配してくるだろう相手が彼の背後に居るので、達也は何とかその衝動を抑えこんだ。
「ねぇ達也君、ちょっと相談したい事があるのだけども、奥に来てくれるかな?」
天幕の奥と言っても、布一枚で隔たれているだけなので、あまり意味は無いのだろうが、達也は真由美が冗談では無く本気で困ってるんだと理解して、彼女に連れられるまま天幕の奥へと引き摺られていく事にしたのだった。
名前だけとは言え、これだけ出番があったのは初めてかも……