一高最寄り駅で深雪たちと別れ、達也たちは新居に帰って行く。朝と違うのは、エイミィとスバルが増えたことだ。
「ボクたちはまだ見てないからね。どんなものなんだい?」
「とにかく凄いわよ。あたしも朝見てびっくりしたもん」
「確かに広かった。ウチといい勝負かもしれない」
「そんなにかい?」
雫の家が広いのはスバルもエイミィも知っている。その雫が「いい勝負」というからには、相当なものなのだろうと期待する半面、そんなところに自分が住んでも良いのだろうかという気持ちが半面という表情を浮かべる。
「四葉家が用意してくれたんだし、あたしたちが気にすることは無いと思うけど?」
「エリカは元々広い家に住んでたから気後れしないだろうけど、ボクは普通の家の普通の娘として育ったんだ。大きい家なんて縁遠いものなんだよ」
「別に広くないわよ。あたしが住んでたのは離れで、本宅じゃないし」
興味なさげに答えるエリカだったが、地雷を踏んだスバルは気まずい表情で頭を下げている。
「すまない。エリカの家の事情は何となく聞いていたが、そこまでだったとは」
「別に気にしなくて良いわよ。愛人の子なんて、大抵そんな扱いだろうから」
「エリカ、フォローになってないぞ」
全員が感じていたことを、達也が代表してツッコミとして言葉にする。
「別に事実だから気にしなくていいってだけよ。達也くんだって、家族の愛情って物に縁が無かったんでしょ?」
「中一の夏までは、俺は使用人のような扱いで統一されていたからな」
「あの深雪もかい?」
「ちょっと信じられないよね~」
深雪が変わった事情は何となく知っている二人でも、未だに深雪が達也の事を使用人のように扱っていたことを信じられずにいる。今の二人の関係しか知らない人間には理解出来ないのだろうが、あの時の二人しか知らない人間が今の状況を見れば、こちらの方が信じられないだろう。それくらい深雪の態度は変わっているのだ。
「戸籍上母親となっていた人が厳しい人だったからな。魔法の才能がないとされていた俺と、次期当主候補筆頭だった深雪とを接触させるのを避けていたから、深雪もそれが普通だと思っていたのだろう」
「亜夜子ちゃんはその時から達也くんに好意を寄せていたんだよね? 同じ四葉家の人間なのに、深雪は達也くんの実力を知らなくて、亜夜子ちゃんは知っていたっていうのはおかしくない?」
エリカの当然とも思える疑問に、亜夜子はまったくの無表情で答える。まるで達也が乗り移ったかのような無表情に、エリカは思わず背筋を伸ばす。
「千葉さんは四葉家という家がどういうものかご存知ですよね? 十師族、その中でも頂点と謳われる家ですので、魔法の才能が無ければその家の人間だと認められません。達也さんが封印を解かれるまで本家の人間と認められなかったのはその所為です。そして、私も幼少期は似たような扱いを受けていました。自分の特性を上手く把握出来ずに、四葉家の魔法師たる才能を発揮出来ませんでした。そんな私を――『黒羽亜夜子』としての私を確立してくださったのが達也さんなのです。ですから、周りの方が達也さんをどう思おうが、私は達也さんの事を蔑んだりはしませんでした。それはこれからも変わりません」
「……なんだかよく分からなかったけど、気軽に聞いちゃいけなかったって事だけは分かったわ」
エリカ以外のメンバーも神妙な面持ちで頷いていたが、当の亜夜子は自嘲気味の笑みを浮かべていた。
「簡単に言えば、私が四葉家の一員でいられるのは達也さんがいてくれたから、という事です」
「名家旧家というのは大変なんだな……」
「古臭いだけですけどね」
亜夜子の気持ちがなんとなく理解出来る愛梨は、スバルの呟きに小声で答える。だが全員が愛梨の声を聞き取り、またしても微妙な空気が流れ始めた。
「あっ、見えてきたよ」
「これは…凄いな……」
何とか話題変更をと試みたほのかが、丁度見えてきた新居を指差して必要以上に明るい態度で指をさした。それにつられるように新居を見たスバルは、思わず言葉を失ってしまった。
「あれ? 門のところに誰かいるよ?」
「紗耶香さんだろ」
「あっ、ほんとだ。おーい、さーや!」
気まずい空間からいち早く逃げ出そうと、エリカが紗耶香の許に走り出す。そのエリカの声が聞こえたのか、紗耶香もエリカに向かって駆け出した。
「良かった。どうやって入れば良いのか分からなくて……」
「普通に入ればいいんじゃない?」
「でもさ……なんだか異空間な感じがしない?」
「今日からここに住むっていうのに、さーやは何を緊張してるのよ」
「そうは言ってもね……あっ、お久しぶりね、達也くん」
「ご無沙汰しています、紗耶香さん。エリカの言う通り、普通に入ればいいんですよ」
そう言いながら達也は当たり前のように門扉を開けて中に入っていく。その後に続くようにエリカたちも中に入り、初めて入るスバル、エイミィ、紗耶香は少し緊張しながら門をくぐった。
「そう言えばさーや! ここって剣道場もあるんだって! 今度手合わせしましょうよ!」
「それは良いけど、最近私稽古不足だから、エリちゃんの相手にならないと思うよ?」
「そうなの? 防衛大でしごかれてるんじゃないの?」
「体力は付いてるだろうけど、剣道の腕とは関係ないし」
紗耶香の言葉に、達也は最もだと思いながらも紗耶香の手助けはせずに、自分の部屋に引っ込んでいったのだった。
家族に興味がないエリカ