劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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魅惑の追い詰め

 天幕の奥――と言っても布一枚挟んだだけなのだが、真由美は達也を連れ込み、当然の如く魔法を掛けた。

 

「見事な遮音障壁ですね」

 

「そ? ありがと」

 

「それで、相談したい事とは何でしょうか」

 

 

 真由美は二人きりと言う空間に少し興奮気味だが、達也の冷静すぎる視線に真由美も平常心を取り戻した。

 

「今回の四高の……とりあえずは事故と言っておくけど、あれも誰かの妨害工作だと思う?」

 

「そうですね……破城槌をインストールしておく理由は、四高にも無いでしょうし、誰かに起動式を弄られたと見るのが普通でしょうね」

 

「何とかしてその事を証明出来ないかな? 四高からCADを借りてきたりすれば……」

 

「失格になった四高が黙ってると言う事は、細工された形跡は残されてなかったと見て間違いないでしょう。だから四高のCADを借りても確たる証拠はつかめないでしょう」

 

「そっか……」

 

 

 真由美の言いたい事を先回りで潰す事によって、達也はなるべくこの空間に居る時間を短くしようとしている。特にやましい事は無いのだが、天幕の奥に連れて行かれる時に、背後からキツイ視線を向けられてたのに気付いていたのだ。それも一本では無く数本も……

 

「達也君の見立て通り、当校への妨害工作が行われてるとして、理由は何なのかな? 遺恨かな? それとも春の事件の復讐かな? 壊滅したって言っても何人かは残ってる訳だし、その残った数人で恨みを晴らそうとしてるとか?」

 

 

 真由美はブランシュの一件を持ち出して何とか自分を納得させようとしていた。犯人が分からないと言う事はそれだけで恐怖心を煽るのだろう。

 達也は真由美の疑問を解決する事が出来るのだが、それはおいそれと話して良い内容では無い。だが目の前で泣きそうになってる真由美を見て、達也は手持ちのカードを一枚切る事にした。

 

「春の一件とは別ですよ」

 

「え? 何でそう言えるの?」

 

 

 真由美は達也が断定口調だったのを受けて、そう言い切れる理由があるのだろうと思い達也に視線を向けた。彼女としては断定出来るだけの理由があってほしいと言う願いもあったのだろう。

 

「開幕前日……いや、日付は変わってたから当日か……兎に角開幕直前の夜中に、この会場に忍び込もうとした賊がいましてね。俺はその賊を捕まえる現場に偶々居合わせたんですよ。それでそいつらの情報も少しくらいなら聞いてます。香港系のマフィアみたいですよ、この大会にちょっかいだしてるのは」

 

「……初耳だわ」

 

「口止めされてましたからね」

 

「偶然かもしれないけど、あんまり危ない事に身を突っ込まないでね」

 

「分かってます。それと会長も分かってるかと思いますが、他言は無用でお願いしますよ。いくら会長が十師族とは言え、軍事機密にも匹敵すると脅されてるんですから」

 

「分かってます。他言はしません」

 

 

 右手を挙げ宣誓するように言った真由美を見て、達也は苦笑いを浮かべた。

 

「それにしても、やっぱり達也君は頼りになるわね」

 

「何ですかいきなり」

 

「だってほしい情報を持ってるんだもん」

 

「さっきも言いましたが、偶々です」

 

 

 急に浮かれ気味になった真由美に、達也は冷ややかな視線を向ける。

 

「な、何よ」

 

「いえ、この姿は他の人には見せない方がいいんだろうなと思いまして」

 

「大丈夫、達也君にしか見せないから」

 

 

 つい先ほどまで深刻そうな表情を浮かべていた人間と、同一人物なのかと思うと、達也はため息を堪えきれなかった。

 

「ハァ……」

 

「何よぅ」

 

「いえ、最上級生として、生徒会長として重荷を背負ってるのは分かりますけど、あまり頼られるのも困るんですよ」

 

「良いじゃない! 達也君に甘えるくらい! それに、三高の女子グループや北山さんと随分と仲良さそうだったじゃないのよ!」

 

「……見てたんですか」

 

 

 真由美の得意魔法の一つ、『マルチスコープ』で覗かれてたのを知り、達也は再びため息を吐いた。

 

「彼女たちとは如何言った関係なの?」

 

「彼女たちと言うのは、三高の数字付きのグループの事ですか?」

 

「そうよ!」

 

「彼女たちはどうも一方的に俺を意識してるようでして」

 

「意識? 如何言う事よ」

 

「俺が担当した選手に負けたので、それで色々と……力の差では無く技術の差で負けたんだと言いたかったようでして」

 

 

 正確に言えば技術も「力」なのだが、真由美はその事にツッコミを入れる事はしなかった。

 

「ふ~ん……わざわざ達也君に言う必要があったの?」

 

「さぁ? それは俺には分かりませんし、知りたいとも思いません」

 

「それじゃあもう一つ、北山さんに抱きつかれてたわよね? あれは何でかしら?」

 

 

 見ていたのなら分かってるだろうに、真由美はわざわざ達也を問い詰めた。

 

「深雪に負けた悔しさで、雫が泣き出しただけです。それを隠す為に抱きしめたに過ぎませんよ」

 

「その後抱っこしてたでしょ! なんてうらやま……いえ破廉恥な」

 

「寝てしまった雫を部屋まで運んだだけですよ。大体見てたなら分かるでしょう」

 

 

 達也が見たところ、真由美は若干ヒステリーが入ってるようだった。感情が抑えきれてないんだろうなと達也は感じていた。

 

「達也君は、北山さんや光井さんの事を名前で呼んでるわよね?」

 

「ええ、本人たちから頼まれましたし」

 

「千葉さんや柴田さんも」

 

「ええ」

 

「それじゃあ三高の一色さんたちの事は、何て呼んでるのかしら?」

 

「愛梨たちですか?」

 

 

 無意識で達也は名前で呼んだ。昨日頼まれたのもあるが、達也も名前で呼ぶ方が楽なのでそうしてるのだ。

 

「もう名前で呼んでるの! ズルイ!」

 

「あの、会長?」

 

「私の事は会長って呼ぶのに、あって間もない一色の令嬢の事は名前で呼ぶなんて……」

 

 

 真由美は達也の呼びかけに気付いて居ない。それどころかなにやら不穏な空気さえ醸し出している。

 達也は軽く頭を掻くと、真由美を壁際まで追い込み逃げ場を自分の腕で塞いだ。

 

「少し落ち着いてください、真由美さん」

 

「は、はい……」

 

 

 達也としては、真由美を落ち着かせる為だけにした行為で、そう言った言葉があるとは知らなかったのだが、真由美は知っていた。

 

「(これって、壁ドンじゃない……まさか達也君がしてくれるなんて……)」

 

 

 正確に壁ドンなのかは分からないが、この構図は真由美的にはそうだったのだ。しかも達也が真由美の事を名前で呼んだ事によって、真由美の興奮は更に上乗せになっている。

 彼女の頭の中にあった不満も、不安も消え去り、全て達也の事で埋め尽くされたのだった。




ちょっとやってみたかったのでやりましたが、作者は正式な壁ドンを知りませんのでおかしくても見逃してください……

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