劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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たまには必要ですよね


一人の時間

 学校から頼まれた指導を終わらせ、達也はカフェで深雪たちが終わるのを待っていた。様々な武勇伝と四葉家の人間だという事が相まって、達也に声をかけてくる人間は多くない。元々二科生だったことも関係しているのか、一科生の男子は、幹比古くらいしか話しかけてこないし、女子もあまり面識のない相手は話しかけてこなくなった。

 

「あれ、達也さん。今は一人なんだね」

 

「千秋か……見ての通りだ」

 

 

 先ほど達也に指導してもらう側で参加していた千秋が、達也の姿を見つけて声をかけてきた。どうやら一人でいる事が珍しいと彼女は感じたようだが、達也はこうして一人でお茶をすることは珍しくないと思っているので、少し不機嫌な声音で答えた。

 

「達也さんが一人だなんて、なんだか珍しい気がしたんだけど、自分ではそう思ってないみたいだね」

 

「俺だって一人行動することだってある」

 

「それは分かるけど、常にだれかと一緒にいるイメージがあるんだよ」

 

 

 これが一年前なら、その「だれか」は深雪だろうと誰もが思っただろうが、今はそれ以外のメンバーに囲まれている時間も相当増えているので、やはり達也が一人でいる事を珍しいと思ってしまうのも仕方がないことだろう。

 

「ところで、お姉ちゃんってもうそっちの家にいるのかな?」

 

「今朝の内に来たのは、七草先輩と鈴音さんの二人だけだ」

 

「じゃあお姉ちゃんはまだなんだ」

 

「久しぶりに会えるのが嬉しいのか?」

 

「そ、そんなんじゃないよ! 達也さんは私の事をシスコンだと思ってるの!?」

 

「多少はその気があるのは否定出来ないんじゃないのか? そこを突かれて横浜の時はあいつらの手先になりかけたんだから」

 

「うっ……」

 

 

 そこを突かれると千秋は何も反論出来なくなってしまう。ただ誰に言われても良いが、達也にシスコンと言われるのだけは納得出来ないのだ。

 

「達也さんだって、かなりのシスコンじゃん! 私の事言えないんじゃないの」

 

「俺の場合は普通のそれと理由が違うからな。そうなるようにされてしまった、というのが正しい」

 

「……狙ってたわけじゃないんでしょ?」

 

「本人は既に他界しているから、どういう意図があったのか確認しようがないからな」

 

「さっきから話題が重いよ……」

 

 

 人造魔法師実験とか、死者の話を平然としてのける達也とは違い、千秋はその話題を軽い気持ちでは受け止められない。達也もさすがにこんなところでする話ではないという事は分かっているので、必要以上にその話題で引っ張ることはしなかった。

 

「この後千秋もこっちに来るんだろ?」

 

「うん。お母さんたちには説明してあるし、四葉家の人が来てたしね」

 

「先に帰ってても構わないが? もしかしたら小春さんがいるかもしれないし」

 

「っ! そ、そんなこと言われても先に帰ったりしないんだから!」

 

 

 一瞬心が揺らぎかけたが、何とか堪えた千秋は、達也が人が悪い笑みを浮かべているのを見てそっぽを向いた。

 

「あっ、三高の……」

 

「貴女は、確か……」

 

「平河です。平河千秋。三年E組」

 

「一色愛梨と申します。これから一緒に生活するわけですし、仲良く致しましょう」

 

「十七夜栞」

 

「四十九院沓子じゃ。お主の事は一年の時の論文コンペで見かけたことがあるのぅ」

 

「九十九崎香蓮です。確か、お姉さんと一緒に見学なさっていたのではありませんか?」

 

「おぉそうじゃったそうじゃった! そして、その姉君殿も達也殿の婚約者なんじゃったな」

 

 

 あっという間に賑やかになったのを受けて、達也は苦笑いを浮かべながらコーヒーの残りを飲み干し、四人分の椅子を引いた。

 

「ありがとうございますわ、達也様」

 

「達也さんは当然のようにしてくれるから凄い」

 

「これを一条に求めても無理じゃろうしのぅ」

 

「一条くんと達也様では実績が違いますからね」

 

 

 将輝も十師族の直系として、次期当主として礼儀作法は叩き込まれているが、達也のようにスムーズにこなすには場数が足りないのだ。それを知ってか知らずか話題にする四人に対して、達也はもう一度苦笑いを浮かべた。

 

「そう言えば達也殿、先ほど何か空き教室に向かっていたようじゃが、あれは何をしていたんじゃ?」

 

「九校戦に向けて、エンジニアの底上げを頼まれたから指導していただけだ」

 

「達也さん一人でも強敵なのに、その達也さんに指導してもらったエンジニアが参加するとなると、今年も苦戦は免れないかな」

 

「一昨年、去年といいようにやられておるからのぅ……今年こそは一高に勝ちたいのじゃが、ちと厳しそうじゃの」

 

「戦う前から諦めるなんて沓子らしくありませんが、達也様が調整した選手は、事実上の無敗。これは九校戦関係者なら誰しもが知っている事ですし、仕方ありませんか」

 

「そもそも吉祥寺くんですら太刀打ちできない相手に、他のエンジニアが対抗出来るとは思えません」

 

「作戦参謀としても優秀じゃと聞いておるし、こりゃ今年も一高の優勝が濃厚かのぅ……何とか一矢報いたい所じゃが……愛梨、何とかならんかのぅ?」

 

「私に言われても困りますわ……恐らく今年の参謀トップは吉祥寺でしょうし、彼に何とか出来るとも思えませんわね」

 

「とりあえず、無様に負けないように出来ればそれでいいよ」

 

 

 なんとも後ろ向きな目標だが、栞以外もそうするのが精一杯だと思っているのか、頷いて彼女の言葉に同意を示す。三高の目標を聞いてしまった達也と千秋は、顔を見合わせて苦笑いを浮かべるのだった。




すぐに一人じゃなくなってしまった……

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