劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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さすがに堪えるでしょう……


夕歌の感情

 帰宅して早々に、エリカたちは他のメンバーを集めて誕生パーティーの計画を練っていく。盛り上がる彼女たちから少し離れたところに腰を下ろした達也の隣に、夕歌がコーヒーを持ってやってきた。

 

「隣、いいかしら?」

 

「ここは夕歌さんの家でもあるんですから、遠慮などしなくていいんですが」

 

「そうなんだけど、達也さんの隣は、なんとなく黙って座るのを憚られるのよ」

 

「なんですか、それ」

 

 

 夕歌の椅子を引いて着席を促した達也に一礼して、夕歌は達也の隣に腰を下ろす。持ってきた達也の分のコーヒーと、自分の分の紅茶をテーブルに置き、盛り上がっている高校生たちに視線を向ける。

 

「若いっていいわね~。私はもうあんな盛り上がり方は出来ないわ」

 

「夕歌さんだって十分若いじゃないですか」

 

「精神的な問題かな。目の前で人に死なれると、あそこまで無邪気になれないわよ。その事は、達也さんだってわかるでしょ?」

 

「元々俺には盛り上がるような感情がありませんから何とも言えませんが、夕歌さんの気持ちは、なんとなく分かる気がします」

 

 

 夕歌はガーディアンだった女性に、達也は家族以上の情を寄せていた相手に、それぞれ目の前で死なれている。その点では夕歌と達也の境遇は似ているのかもしれない。

 

「藤林さんも確か、婚約者に先立たれちゃったんですよね」

 

「響子さんの場合は、目の前ではありませんが」

 

「どっちが良いんだろうね。相手の死を見届けるのと、死んだと聞かされるだけなのは……」

 

「どちらも『良い』とは言えないでしょうが、すぐに実感できるのは見届けた方でしょうね」

 

「あの人は私を守って死んでいくのが役目だったから、悲しいとは思っちゃいけないんだけどね」

 

 

 ガーディアンはそう言うものだと割り切っておかないと、いざという時に四葉家の魔法師として振る舞えないと頭では分かっていても、実際目の前で死なれると精神的に期するものがあるのだ。

 

「達也さんの場合は、同僚でもあったし、私なんかよりよっぽど悲しかったんでしょうね……まぁ、達也さんは一定以上に達すると無表情になっちゃうから、どれだけ悲しかったのかは分からないけど」

 

「俺自身も良く分かってませんから。深雪が泣いているのを見ても、特に悲しいとは思いませんでしたし」

 

「深夜さんの時は、達也さんは殆ど無関心だったしね」

 

「育ての親、としか思ってませんでしたから」

 

 

 遺伝情報が異なると見抜いていた達也は、深夜の事を育ての親として見ており、深雪の事も従妹として見ていたのだが、表向きは深夜の子だとなっていたので、その事は口にしなかった。深夜の方も達也を甥として見ていたのだが、達也と同じ理由でその事は最期まで言わなかったのだ。

 

「深夜さんが亡くなられてからは、真夜様も遠慮しなくなったものね」

 

「四葉家当主としての威厳を考えてほしかったのですが、母上に申し上げても効果ありませんでしたから」

 

「十数年分の愛おしさを鑑みれば、仕方なかったのかもしれないけど」

 

「何のお話しですか?」

 

「あら、亜夜子さん。貴女はあちらに混ざっているものだと思ってましたが」

 

「同じ学び舎にいても、所詮私は他校の人間ですから。一高の皆さんと盛り上がる事は出来ませんわ。三高の皆さんのように、お仲間がいるわけでもありませんし」

 

 

 達也の正面に腰を下ろしながら、亜夜子は盛り上がっている一角を眺めながらため息を吐く。

 

「達也さんの生誕を祝うのは賛成ですが、あそこまで盛り上がる必要はあるのでしょうか?」

 

「いろいろときな臭い情報が飛び交ってるからこそ、無理に盛り上がってるのかもしれないわよ?」

 

「そこまで考えているようには思えないのですが……」

 

「まぁ、楽しめる時に楽しんでおかないと、何時そんなことをしてる場合じゃなくなってしまうか分からないんだから」

 

「そうですわね……先ほど四葉本家から連絡がありまして、情報部の計画はまだ続行しているそうですわ」

 

 

 亜夜子から聞かされた情報に、夕歌は眉を顰め目を吊り上げる。達也がせっかく気まぐれで命を助けたというのに、十山つかさは反省するどころか計画を続行していると聞かされて腹が立ったのだ。

 

「お気持ちは分かりますが、私を睨んでも意味はありませんわよ?」

 

「やっぱり一度、四葉の恐ろしさを知らしめたほうが良いのではないかしら」

 

「夕歌さん、また勝成さんに呆れられますよ」

 

「アンタッチャブルと恐れられた四葉家が、最近舐められているような感じだから言ってるのよ。そもそも、達也さんに勝とうなんて思うだけでも馬鹿馬鹿しいっていうのに、四葉家全体を敵に回そうなんて考えるのが気に入らないのよ」

 

「そのお気持ちは理解出来ますが、決定を下すのはご当主様か、次期当主であられる達也さんのどちらかです。夕歌さんに決定権はございませんわ」

 

「分かってるわよ。私はあくまでも分家の当主にして次期当主の婚約者の一人でしかないんだから」

 

「理解されているのであれば、私はこれ以上何も言いませんわ。それと、ここには他の家の方もいらっしゃいますので、四葉家の不利益になりそうなことを堂々と仰るのはおやめください」

 

「……そうだったわね」

 

 

 基本的にここにいるメンバーなら問題ないと思っているが、どうしても七草家だけは信用出来ない二人は、ここにいない真由美の姿を思い浮かべ、同時にため息を吐いたのだった。




四葉の人間としては失格かもしれませんが、人間としては正しい感情です

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