皆が寝静まった頃、リビングには夕歌と響子、そして達也の姿があった。
「亜夜子は呼ばなくて良かったんですか?」
「亜夜子ちゃんは明日も学校があるわけだし、あんまり夜更かしさせちゃ可哀想じゃない?」
「俺も明日学校なんですが」
「達也さんなら、このくらいの夜更かし、問題の内に入らないでしょ?」
響子と夕歌の息の合った口撃に、達也は何を言っても無駄だという事を理解し、大人しく腰を落ち着かせた。
「先ほどUSNAとロシアの間で不穏な動きが見られたわ。普通なら電話などしない相手と談笑していたの」
「どうやって盗み聞きしたんですか?」
「そこらへんは企業秘密よ。これを達也くんに真似されちゃったら、私の存在価値がなくなっちゃうもの」
「そんなこと無いと思いますが」
冗談めかした響子の言葉を、達也は真顔で撃退した。その所為で響子の顔が若干赤くなっているが、達也も夕歌もそこを指摘する事は無かった。
「私の方でもその情報は掴んだわ。といっても、お母さんから聞いたんだけど」
「つまり、四葉本家もその二国間の密約らしき行動は掴んでいるんですね」
「ご当主様がどうやってるのかは知りませんが、ほぼリアルタイムでUSNAの情報を仕入れているらしいので」
達也は真夜なら何でもありかと納得したが、響子は少し納得がいかない顔をしている。だがそんなことをここで聞いても情報は引き出せないと分かっているので、話を先に進める事にした。
「この間達也くんに話したあの計画、どうやら本格的に進めるみたいなの」
「そうですか。こちらも反撃の準備だけはしておきます」
「そうね。それから、達也くんが二年前に作り上げた魔法『能動空中機雷』だけど、なんだか戦争に利用されそうな雰囲気よ」
「そうですか。まぁ、あの魔法を上手く使える魔法師がいるのなら、そういう可能性もあるでしょうね」
「……あんまり慌てないのね」
「魔法を編み出したのが俺だとしても、それが戦争に使われたからと言って何らかの責任を負う事はありませんので。もしそういった報道が行われたとしても、こちらから何かを言う必要はありませんし、罪悪感を懐く必要もありませんので」
「でも、心無いやつらが達也さんの事を悪く言うなんて、私耐えられないかもしれない。最悪、マスコミたちを血祭にあげる可能性もあるわね」
夕歌の好戦的な態度に、達也は冷めた態度で答える。
「言いたい奴には言わせておけばいいんですよ。それで気が済むのなら、むしろそれで良いじゃないですか」
「でも、達也くんを悪者に仕立て上げて、反魔法主義者の目を達也くんに集中させようとする輩も出てくるかもしれないし」
「別に良いんじゃないですか? 俺はある意味『悪い魔法師』なんですから」
「……達也くん、ギリギリの発言よ、それ」
達也が世界中の反魔法主義者が血眼になって探している『灼熱のハロウィーン』を引き起こした魔法師であることを知っている二人は、青い顔をして達也に非難の視線を向ける。
「そっちの情報は洩れないでしょうが、シルバーの方は先に公表しておいた方が良いかもしれませんね」
「どういう事ですか?」
「例のプランでは日本の魔法師で選出される予定なのは『シルバー』だけですから。恐らく奴らはシルバー=司波達也だという事を知っているからこそ、あの研究にトーラス・シルバーを選出出来たのでしょう。そうでなければ、シルバーを研究に参加させるなんて考えはしないでしょう」
「日本がシルバーを喜んで差し出す、という可能性に賭けたのかもしれないわよ?」
「そんな不確実な事を奴らがするとは思えません。自分たちに都合の悪い魔法師を地球上から追いやる計画なんですから、邪魔になる魔法師である俺を確実に葬り去る算段があるのでしょう」
「でも、達也くんにはそれを覆すだけの計画があるんでしょ?」
響子の言葉に、達也は『エスケープ計画』の一部が記載された資料をテーブルに差し出す。響子だけではなく夕歌も興味深そうにその資料に目を通し、そして目を丸くする。
「これが成功すれば、奴らの計画以上に魔法師がこの世の中に必要だという事をアピール出来ます。そして魔法師も道具から人として扱われるようになるでしょう」
「これを、達也さん一人で計画しているというのですか?」
「FLT第三課の皆さんにも手伝っていただいていますが、基本コンセプトは俺一人で考えました」
「……達也さんって本当に高校生なの? こんなこと考える高校生がいるとは思えないんだけど」
「俺はいろいろとイレギュラーですから」
冗談めかした達也の言葉に、夕歌は呆れるのを通り越し、一周回って納得してしまった。
「とりあえず、向こうが先に計画を発表してからこちらを発表した方が、相手に与えるダメージが大きいですから」
「悪い人ですね、達也さんは」
「今に始まった事ではありませんよ」
「……達也くんの計画は分かったわ。じゃあ私は、引き続きUSNAとロシアの動きを観察しておくわね」
「お願いします。それから、あまり国防軍を巻き込まない方が良いので、観察はこの家からお願いします」
「分かってるわよ。達也くん一人に責任を背負わせようとしたんだから、もう国防軍に対する信頼も信用も無いわけだしね」
満面の笑みで言い放つ響子に、達也は苦笑いを返したのだった。
奴らも情報が筒抜けだとは思ってないだろうな……