劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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彼女も本気ですから


真由美の覚悟

 香澄が部屋から去った後、真由美は今までの自分の行動を反省していた。確かに達也より克人の為に動いているように思われても仕方がないとは思えるが、達也が本気で自分の事をスパイだと疑っているなど思ってもみなかったのだから仕方がないだろう。

 

「まさか達也くんがねぇ……」

 

 

 初めて会った時から達也に興味があったのは嘘ではない。最初はからかい甲斐がありそうな後輩を見つけたくらいにしか思っていなかったのだが、何時しか達也の事を視線で追っていた。もしかしたら達也がいるんじゃないかと、カフェに行くときは心を弾ませて、本当にいた時は本気で嬉しかった。そも想いに嘘偽りはない。

 だが今更気持ちとを達也に伝えたからといって、疑いが晴れるとも思えない。何せ達也は――四葉家は彼女のこの気持ちですら疑っているのだから。

 

「十文字くんとはただのお友達。それはずっと変わらない」

 

 

 一高入学当時からのライバルであり友人、これが真由美が克人に懐いている気持ちだ。今更男女の仲になりたいとは自分も克人も思っていないと確信している。ではこれをどうやって達也に伝えれば良いのか。そこが真由美が頭を悩ませている部分であった。

 

「今年に入ってから確かに、十文字くんのお手伝いをしている回数が多い気がするし……達也くんが私を疑うのも仕方がないとは思えるわね、今までの行動を振り返ると……」

 

 

 自分一人だけなら、こんなのただの噂だと笑い飛ばせたかもしれないが、事は妹の香澄も巻き込んでいるのだ。彼女の幸せまでぶち壊したら、この先何を言われるか分かったものではない。

 

「誰かに相談出来る話題でもないし……そもそも相談相手は殆どが達也くん側の人だし」

 

 

 一番身近にいる鈴音も、達也か真由美か問われれば迷いなく達也を選ぶだろうと、真由美は鈴音の考えを分析している。普段から冷静沈着な彼女の事だから、涼しい顔で自分の事を斬り捨てるだろうと。

 

「あーもう! お父さんや兄さんの事を言えた義理じゃないわね、これじゃあ」

 

 

 自分が父親や兄を嫌っていた理由が、ただの嫌悪感からではなく同族嫌悪だったと理解して、真由美は何もかもが嫌になってきた。

 

「自分はあの人たちとは違うって思ってたのに、結局大差ないだなんてね……」

 

 

 達也たちを説得しようとしたのも、本音を言えば自分が矢面に立ちたくなかったからではないかと、真由美は自分の気持ちすら疑い始める。

 

「誰か、助けて……」

 

 

 すがる思いで手を伸ばすが、この家に味方などいないのだと先ほど香澄から知らされた事を思い出し、真由美は絶望感漂う表情でベッドに倒れ込んだ。

 

「達也くんになんていえばいいんだろう……」

 

 

 既に帰宅しているであろう達也に自分の気持ちを伝えたとして、スパイ容疑が晴れるわけがない。これが真由美の出した結論であり、恐らく真実になるだろうと真由美は思っている。

 他の人と顔を合わせるのもつらいので、食事の時間も一人だけずらして、達也が自室に戻るのを待って彼の部屋を訪ねた。

 

「夜分にゴメンなさいね」

 

「別に構いませんが。それで、何かご用なんですよね?」

 

 

 自分の事を疑っているなど微塵も思わせないポーカーフェイスを浮かべる達也を前に、真由美は震えだしそうな身体を抑えて目を合わせる。

 

「香澄ちゃんから聞いたわ。達也くん、私の事を疑ってるんだってね」

 

「俺が、というよりは四葉家が、と言った方が正しいでしょうね。俺はその考えを受けて先輩を疑ってますので」

 

「私、そんなに怪しく見えるかしら?」

 

「先輩個人は置いておくとして、先輩の行動は十分に怪しいと言えますね。四葉家と縁を深めたいと言っておきながら、四葉家に不利な事に力を貸しているのですから」

 

「あれは、達也くんが二十八家の中で孤立しないようにと思って……」

 

「孤立しようが関係ありません。そもそも前提条件を破って提案された意見など、聞くに値しないのですから」

 

 

 この程度の言葉で達也が折れるとは真由美も思っていない。そもそもこの男が孤立を恐れるなどありえないと、真由美は最初から知っているのだから。

 

「達也くん、私は今更十文字くんと男女の関係になりたいだなんて微塵も思ってないわ。恐らく十文字くんもだと思う」

 

「それで?」

 

「私が達也くんを裏切って十文字くんに情報を流したとしても、私には何のメリットもない。むしろデメリットだらけよ」

 

 

 達也の婚約者を外され、妹からは一生恨まれ、自分が嫌っている奴らと同族だと認められる。真由美にとってこれ以上の苦痛は無いだろう。

 

「では、それを証明できますか?」

 

「……したいけど私には方法が思いつかなかった。だからこうしてありのままの私を達也くんに知ってもらう為にここに来たのよ」

 

「そうですか」

 

 

 自分の心の裡を見透かそうとする達也の視線を受けても、真由美は視線を逸らさなかった。ここで逸らせば後ろめたい気持ちがあるからだと判断されかねないと自分に言い聞かせ、逃げ出したい気持ちを抑えて真由美は達也が口を開くのを待つ。

 

「分かりました。とりあえずは信じましょう」

 

「とりあえず?」

 

「今のところは不利益を被ってないのでお咎め無し、という事です。ですが、今後四葉家に不利益になりそうなことに手を貸すのであれば、四葉家は先輩を許さないでしょう」

 

「わ、分かったわ……」

 

 

 感情が一切窺えない達也の口調に、真由美は本気で恐怖した。恐らく本気なのだろうという事だけは理解出来たので、真由美はその事を肝に銘じたのだった。




次は無いです

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