部屋に戻った真由美を待っていたのは香澄だった。達也の部屋に向かう真由美を見て、どんな話をしたのか聞きに来たのだろう。
「お姉ちゃん、達也先輩の誤解は解けたの？」
「とりあえずは信用してもらえたと思う」
「とりあえず？」
歯切れの悪い答えに、香澄は眉を顰めて真由美を見詰める。下手をすれば自分も巻き込まれかねないのだから当然かもしれないが、香澄の態度は明らかに真由美に対して友好的とは言い難いものだった。
「私が十文字くんと男女の仲になりたいわけではない、という事は分かってもらえたけど、私が潔白かどうかは今後の行動次第って感じかしら」
「行動次第って、克人さんと距離を置くとか？」
「いえ。達也くんは今まで通りで構わないと言ってくれたわ」
「今まで通りって、ますます疑われるんじゃないの？」
「口止めされてないから香澄ちゃんには言うけど、他の人には内緒よ？」
興味をそそられる前置きに、香澄は思わず前のめりになりながら真由美の話を待つ。やはり自分の妹だなと思いながら、真由美は達也から任された事を香澄に話す。
「達也くんは十文字家と十山家の情報が欲しいみたいなの」
「十文字家は分かるけど、何で十山家？ 十山って確か、表世界ではそれほど警戒されていないはずだよね？」
「香澄ちゃん、三矢家の詩奈ちゃんを連れ出した女性の名前、憶えてる？」
「えっと確か……そう！ 遠山つかさって名乗ってた」
「その遠山つかささんだけど、本当は十山つかささんなのよ」
「？ 何だかややこしいけど、遠山つかさは偽名で、十山家の人間という事？」
「私も詳しくは知らないんだけど、軍の名簿には『遠山つかさ』で登録されてるらしいのよ。だから、偽名と言い切るのもどうなんだろうって感じかしら」
真由美も詳しく分かっていないようなので、香澄はとりあえず遠山つかさの名前の事は脇に追いやる事にして、真由美が任された事を詳しく聞くことにした。
「それで、十文字家と十山家の情報を聞き出す為に、お姉ちゃんは克人さんとの関係を続けるって事？」
「厭らしい関係のような言い方は止めてちょうだい！ 私と十文字くんはそんな間柄じゃないんだから！」
「分かってるけど、疑わしい行動を取っていたのはお姉ちゃんの方だよね？ 達也先輩と克人さんを天秤に乗せてるような感じだったし」
「そんなことをしていたつもりは全く無いんだけど……まぁいいわ。変に十文字くんと距離を取ると怪しまれるから、今まで通りの距離感で付き合うつもりよ。達也くんからも、ちょっとくらいならこっちの情報を流してもいいって言われてるから」
「お姉ちゃん、流し過ぎそうだから気をつけてね」
「分かってるわよ。私だって消されたくないもの……」
達也の魔法を見たことがある真由美としては、彼の魔法がどういう結果をもたらすかを知っているので、香澄が思ってる以上に慎重に行動するつもりだった。
響子と軍内部の話し合いを終えた達也は、日課になりつつある深雪への電話をかける事にした。何時もなら水波が出るような時間だったが、一コール目で深雪が出た。
『達也様、今日はいつもより遅かったのですね』
「あぁ。七草先輩に少し頼みごとをした後、響子さんと軍を抜けるタイミングを話し合っていたからな」
『七草先輩に頼み事、ですか……失礼ながら達也様は七草先輩を御疑いになられていたのではありませんか？』
「愛梨から聞いたのか」
あっさりと見破られたのにも関わらず、深雪は驚いたような反応を見せなかった。屋上で愛梨と話し合っている時に達也に見られている事を感じ取っていたので驚く必要はないのだ。
『達也様は七草先輩に何を御頼みしたのでしょうか？ もし深雪が代われるのであれば――』
「いや、七草先輩にしか頼めない事だ」
『そうですか……』
達也に頼られたい一心で申し出たのだが、あっさりと却下されたので、深雪の気分は下降気味になった。だが心配させるわけにもいかないので、無理に明るい態度で会話を続けた。
『差し支えなければ、どのような事を任せたのかお聞きになっても？』
「あぁ。七草先輩には、十文字家と十山家の動きを探るよう頼んだ」
『先輩は諜報活動に向いているとは思えないのですが……私以上に顔に出やすい人ですし』
「無理に探らせるつもりは無いし、先輩一人に任せてるわけではないからな。聞き出せればラッキー、という感じだ」
『そう言う事ですか。達也様は七草先輩に十文字、十山両家の情報を探らせるのと同時に、七草先輩が本当に何も企んでいないのかどうかを探ってるわけですね』
あっさりと裏まで読まれて、達也は素直に負けを認めた。
「やっぱり深雪には隠し事は出来ないな」
『達也様の事でしたら、深雪は何でもお見通しなのですよ』
入学早々エリカたちの前で似たようなやり取りをしたが、今はこの二人にツッコミを入れる人間もいないし、二人の関係が変わった今、このようなやり取りも別に不自然ではない――と二人は思っている。
『そう言う事でしたら納得です。達也様が七草先輩に両家の内情を調べ上げる能力があると思っているのかと思いましたが、あくまで任務はついでなのですね』
「くれぐれも他の人には言わないように」
『心得ております。それでは達也様、お休みなさいませ』
「お休み。いい夢を」
同時に終話ボタンを押し、達也は端末をしまいこみベッドに潜り込んだのだった。
深雪が真由美に嫉妬してる……