エイミィたちが買い出しに出かけている間、エリカと紗耶香は道場で稽古をしていた。
「私たちだけこんな事してていいのかな?」
「あたしとさーやは企画組だから良いのよ。雫やほのかもやる気になってるんだし、深雪や水波が来たらあたしたちのやることなんて無いんだから」
準備を進めている雫たちを気にしている紗耶香と、既に自分の仕事は終わったと言わんばかりの態度のエリカだが、一緒に稽古してる時点で紗耶香もエリカと同じ考えなのかもしれない。
「そう言えばエリちゃん」
「なに?」
「エリちゃんって渡辺先輩と稽古したりするの?」
「しないわよ。相手にならないもの」
「じゃあ渡辺先輩より弱い私と稽古してくれるのは何で?」
「あの女相手だと稽古じゃなくて弱い者いじめになるからよ。頭では分かってきたんだけど、どうしてもあの女の所為で次兄上が弱くなったと思っちゃうのよ……」
「でも千葉修次さんって言えば、白兵戦なら世界で五本の指に入るって噂されてくらいの実力者なんだよね? お付き合いしたからって堕落するとは思えないんだけど」
紗耶香の言い分はエリカも十分に理解している。達也も同じような評価をしているのだから、間違いはない。ただ摩利と付き合いだしたから剣士としての力が落ちたとエリカは思っており、その所為でリーナに負けたとも考えているのだ。
「八つ当たりだって分かってるんだけど、こればっかりはどうしようもないのよ……」
「深雪さんだけだと思ってたけど、エリちゃんもブラザーコンプレックスなんだね」
「あたしや深雪の場合、普通のブラコンとはわけが違うと思うのよね。深雪は達也くんしか頼れる身内がいなかったし、あたしは妾の子として扱われてたから、あたしの事を普通に妹だと扱ってくれた次兄上に依存しちゃったのよ」
「あっさりというけど、かなり重い話だよね?」
紗耶香も一応、エリカが正妻の子供ではないという事は聞いているのでそれほど衝撃は受けないが、それでも何もなかったように流す事は出来なかった。
「重いも軽いも無いって。もう関係ない話だし」
「まぁ、エリちゃんがそう言うなら気にしないけどさ……」
「それよりも、そろそろ終わりにしよっか。さーやの集中力も途切れてきてるし」
「エリちゃんがあんな話をするからでしょ」
稽古を切り上げて二人で汗を流す為に浴室に向かうと、丁度軍に出向いていた響子が帰ってきて汗を流そうとしているところだった。
「あら、千葉さんたちもシャワーかしら?」
「えぇ。道場で身体を動かしていたので」
「そうなの。ところで、千葉警部はお元気かしら?」
「お陰様で。そろそろ本格的に現場復帰すると思いますよ」
「それは良かった」
響子は、自分ひとりだったら寿和を救えなかったと負い目を感じているのだが、エリカからしたら結果的に寿和は生きているのだから、響子が必要以上に気に病む事はしなくていいと思っているのだ。
「あの馬鹿兄貴が簡単にくたばるわけがないですから、藤林さんが気にする必要なんてありませんよ」
「ですが、達也くんに指摘されるまで、私はもう一人あの場に向かったという事を失念していました。千葉の御曹司を傀儡にするのは難しくても、その部下から傀儡にして、誘き出すという方法をまったく考えていなかったのです」
「そんなこと普通は考えませんってば。あの馬鹿兄貴だって、稲垣さんが無断欠勤して漸くおかしいと思い始めたんですから」
「普通ならそうでしょうが、私は古式魔法に精通している身ですし、傀儡法についても知っていました」
「稲垣さんが狙われたかもしれないというのは、達也くんだから分かったんですよ。普段から性格の悪いことを考えている達也くんだから、そういう可能性に気付けたんだと思います」
エリカが必要以上に達也を悪く言っているのは、響子の気を紛らわせる為に他ならない。それが分からない程響子も鈍くないので、無理にでも笑みを浮かべた。
「仮定の話なんてどうでも良いんです。結果的にウチの馬鹿兄貴も稲垣さんも生きているんですから、藤林さんがこれ以上馬鹿兄貴の事で頭を悩ませる必要はありません」
「そう、ですね……達也くんにも同じような事を言われたんですが、やっぱり気になっていたんです。ですが、千葉さんがそう仰ってくれたので、漸く切り替えられそうです」
「そもそもウチの馬鹿兄貴が最初から気をつけておけば、稲垣さんだって命の危険にさらされることも無かったんですから、全面的にあの馬鹿が悪いんです。藤林さんだって、忠告してくれたんですよね?」
「まぁ、一応は……」
「なら術にかかったのは稲垣さんの未熟さが原因で、それに気付けなかった馬鹿兄貴の落ち度です。性格の悪い達也くんだから気付けることなので、根性がねじ曲がっていない藤林さんには、分からなくても仕方がないんですよ」
「そうね。でも、達也くんの前でそんなこと言っちゃダメよ? 達也くんは気にしないでしょうけども、深雪さんの耳に入ったら大変だもの」
「分かってますよ。深雪の前では冗談でも達也くんの悪口なんて言えませんから」
二人の会話を黙って聞いていた紗耶香も、漸く重苦しい話が終わってホッと息を吐いた。そして三人そろって笑い出し、一緒に汗を流したのだった。
深雪が聞いたらブリザードが吹き荒れる……