劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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早くも禁断症状が……


落ち着かない気持ち

 達也の誕生日パーティーを明日に控え、深雪は今か今かとそわそわしていた。それでも下品な行動をとらないあたり、四葉家の教育が生きているのだろう。

 

「深雪様、少し落ち着かれては如何でしょうか?」

 

「水波ちゃん? 私は落ち着いているわよ?」

 

「他の方なら誤魔化せるかもしれませんが、私は四葉家の中で育ってきたわけですから、ちょっとした違いを見逃す事はありません」

 

「……そうね。水波ちゃんの言う通り、私は少し浮かれているわね」

 

 

 自分が浮かれている事を認め、一息吐くために水波に紅茶を頼んだ。頼まれた水波は恭しく一礼してからキッチンに下がる。

 

「やっぱり達也様がいないと駄目みたいね、私は……」

 

「そのような事は無いと思われますが……しっかりと生徒会長としての責務を全うしていますし、勉学の方にも支障は出ていません」

 

「そっちはなんとかなるのよ。同じ建物内に達也様の存在を感じられるから」

 

「そうでしたか」

 

 

 深雪の前に紅茶を置き、自分は深雪の横に立つ。その行為に深雪は顔を顰め、水波に視線を向ける。

 

「何か問題でもありましたでしょうか?」

 

「水波ちゃんの分の紅茶も用意して、私の正面に座ってくれるかしら?」

 

「――かしこまりました」

 

 

 水波としては自分が深雪の正面に座るのは失礼だと考えていたので、一瞬断ろうかと思ったのだが、達也がいない今、この家の家主は深雪であり、深雪の命令に逆らうなど出来なかったのだ。

 一方の深雪はというと、達也のように水波にだけ飲み物がないのが落ち着かない、というわけではなく、単純に話しにくいから正面に座ってもらいたかったのと、達也のように命じれば水波も大人しく従うだろうと考えていたのだ。

 もう一度キッチンに引っ込み、自分の分の紅茶を淹れてリビングに戻ってきた水波は、少し恐縮しながら深雪の正面に腰を下ろした。

 

「学校では達也様を近くに感じられるから問題はないのよ。でも、この家に帰ってくるとぽっかり心に穴が開いたような気分になっちゃうのよ……水波ちゃん、この気持ち分かるかしら?」

 

「分かる……と思います。私も学校で達也さまの側に控えているのと、この家にいる時での気持ちは違う――ような気がしています。もちろん、仕事に対して手を抜くなどという事はありませんが」

 

「それは分かってるわ。水波ちゃんはしっかりと働いてくれているもの。この紅茶だって、達也様がこの家にいらっしゃったときと味が変わっていないもの」

 

「恐縮です」

 

 

 深雪に褒められて、水波は本気で申し訳なさそうに頭を下げる。主人に褒められる事など滅多にないので、恐縮と共に深雪に申し訳ない気分になったのだろう。

 

「そんな私が、明日達也様と同じ空間で生活出来ると思うと、もう何もかもに集中できない感じになっちゃうの」

 

「それだけ達也さまの存在が大きい、という事でしょう。今まで深雪様は達也さまと離れて生活する事はあまりありませんでしたし、本日は達也様が生徒会に顔を出されなかったことも影響しているのでしょう」

 

「本日はFLTにおいて大事な研究の会議があると仰られていましたからね。高校を卒業してから本格的に進めるつもりだったものが前倒しになったとかで」

 

「四葉家からの報告によりますと、外国で達也さまを巻き込もうとする不穏な動きが見られるとの事ですので、それに対する策ではないかと」

 

「達也様を巻き込もうとするなんて、何処の命知らずかしら?」

 

 

 あからさまに機嫌が傾いてきた深雪を宥め、水波は四葉家から知らされている事を深雪に話す事にした。

 

「表向きは立派な計画だと思われますが、裏に隠された事情が酷いものでして、自分たちに都合の悪い魔法師を地球上から排除しようという思惑が見て取れると」

 

「つまり、達也様は世界中から見ても凄い存在だという事かしら?」

 

「そういう事になりますね。ですが、達也さまの魔法特性を知らないはずの国が、何故達也さまを地球上から排除したがるのか、真夜様はそこが気になっておられるご様子でして……」

 

「達也様を研究に加えようという事は、達也様=トーラス・シルバーであるという事を知っているということかしらね? まぁ、達也様の正体を世界中に知らしめれば、達也様に対抗しようとか考えている愚か者もいなくなるでしょうがね」

 

「深雪様、達也さまの正体を明かすには、四葉本家の許可が必要です。いくら次期当主であらせられる達也さまであろうと、一存でそのような事を決める事は出来ません」

 

 

 つまり、婚約者でしかない深雪にそのような決定権はないと水波は言っているのだ。深雪もそんなことは理解しているので、小さく頷いて水波の言外の気持ちに答えた。

 

「叔母様にご相談なさるべきでしょうね」

 

「なるべく早い方が、四葉家が受けるダメージは少なく済むでしょうが、達也さまの正体を隠そうと言い出したのは、深雪様のお父上であられる――」

 

「あの人の事は言わなくて良いわ。どうせすぐに地方に飛ばされるんだから」

 

「かしこまりました」

 

 

 話題に上げるのすら嫌なのかと、水波は深雪の父親に対する気持ちを考え直す事にした。

 

「まぁ、叔母様なら達也様に迷惑をかけるような決定を下す事はないでしょうし、上手くいくわよ」

 

「そうですね。では、深雪様も普段通りお過ごしになられてくださいませ。達也さまに心配されるようでは、他の婚約者の方に睨まれかねませんよ?」

 

 

 そんなことを深雪が気にするとは思えないが、一応忠告だけして、水波は深雪の前から去ることにしたのだった。




水波が一番苦労してるな……

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