劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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我慢出来ないようで……


一日早い来訪

 当日に来ればいいと言われていたが、我慢出来なくなり深雪は水波を連れて新居を訪れた。邪険に扱われることはないだろうが、いやな顔はされるだろうと覚悟していたが、意外にも暖かく出迎えられた。

 

「丁度良い所に深雪が来てくれた」

 

「丁度いい? 何かあったの?」

 

「今からリーナに指導しようと思って。深雪がいてくれた方が気合も入るだろうし」

 

「そういう事。それじゃあ、荷物を置いたらすぐキッチンに行くわね」

 

「分かった。でも、深雪と水波は何処に泊まるの? この家って客間あったっけ?」

 

「達也様が仰るには、ちゃんと用意されているようよ」

 

 

 雫と軽く会話してから、深雪と水波は達也が待っている場所まで駆け足で近づく。

 

「達也様、深雪の我が儘を聞いていただき、ありがとうございます」

 

「これくらいなら我が儘の内に入らないだろう。水波も良く来たな」

 

「お招きいただき、ありがとうございます」

 

 

 折り目正しく一礼した水波に手を上げて必要以上に畏まる必要は無いと告げ、深雪と水波の荷物を持って達也は客間へと向かう。

 

「達也さま、それは私の仕事ですので」

 

「気にする必要はない。今日は水波も客なんだから、これくらいは俺が持とう」

 

「ですが――」

 

 

 なおも食い下がろうとした水波だったが、深雪がニッコリと笑みを浮かべて自分を見ている事に気付き、これ以上食い下がるのは良くないと理解し、渋々ながらも荷物を達也に任せる事にした。

 

「達也様、この前の話は、結局どうなったのでしょうか?」

 

「この間? 七草先輩の事か」

 

「はい。達也様は七草先輩を通じて十文字家、ならびに十山家の情報を引き出そうとお考えのようですが、あの七草先輩が素直に情報を提供してくれるのでしょうか? そもそも、あのように表情に出やすい先輩が、スパイもどきのような事が出来るのか、深雪には疑問なのですが」

 

「本気で先輩が情報を持ってこれるとは俺も思っていない。四葉家や響子さんが調べてくれているから、先輩からが情報を引き出せなくても困らないからな」

 

「では?」

 

「情報を引き出そうとしている限り、こちらに敵対するつもりは無いだろうという事だ。母上は問答無用で排除した方が良いと考えているようだが、深雪に直接的な被害がない限りは泳がせておいた方が良いだろうと思ってな」

 

「七草先輩でしたら、私一人で撃退出来ますが」

 

「あの人が直接深雪に手を出すとは考えにくいだろ。そもそも、深雪を広告塔にしたがっているのは先輩のお兄さんだからな」

 

 

 未だに諦めずに何とかしようと画策しているようだと、達也は智一の現状を深雪に教える。深雪としても、達也に命じられたのなら喜んで引き受けるが、それ以外に命じられたからといって引き受けるつもりなど無いので、智一の努力は無駄だと切り捨てた。

 

「そんなに広告塔が欲しいのでしたら、七草先輩にでも任せれば良いじゃないですか。本当に魔法師の為を考えているのでしたら、希望者を募ってするべき事ですし」

 

「七草家の考えとしては、深雪を矢面に立たせて四葉家を困らせようという事なんだろう。そんな見え透いた計画を通せると思っているのなら、大した人間ではないのだろう」

 

 

 達也もバッサリと智一の事を斬り捨てる。自分と同じ考えなのだと分かり、深雪は思わず顔をほころばせて喜びを表現した。

 

「ここが客間だ。客間というより客室と言った方が良いかもしれんが、深雪はこっち、水波はあっちだ」

 

「私は同じ部屋でも構いませんが」

 

「どうせ空いているんだ。一人一部屋で良いだろ」

 

「そうね。それにここなら襲われる心配もないでしょうし、例え暴漢が襲ってきたとしても、達也様がいらっしゃいますから、水波ちゃんは必要以上に気を張らなくても良いんじゃない?」

 

「そう、ですね……分かりました」

 

 

 達也から深雪の事を頼まれていたので、いつも以上に気を張っていたのだと、水波は今更ながらに気が付いた。深雪からの命令より達也からの命令の方が水波にとって大きな意味を持つのだから仕方ないのかもしれないが、必要以上に力んではいざという時に失敗するかもしれないと、水波は反省をし自分に宛がわれた部屋に入ろうとして、慌てて深雪の方へ振り返る。

 

「深雪様、荷解きのお手伝いはいかがいたしましょうか?」

 

「このくらい自分で大丈夫よ。水波ちゃんも、ここにいる間はメイドやガーディアンとしてではなく、普通に生活しなさい」

 

「そう言われましても……その普通が私には分からないのですが」

 

「そう言われればそうね……それじゃあ、必要以上に周りに気を遣わなくても良いわ。香澄ちゃんと遊ぶのも良いんじゃないかしら? 明日には泉美ちゃんも来るようですし」

 

「泉美さんが、ですか? 達也さまの誕生パーティーになど参加しないのではないかと思っていましたが」

 

「香澄ちゃんが招待したようよ。それに……私がいると聞きつけて絶対に参加すると意気込んでいたようだし」

 

「なるほど、そういう事情でしたか」

 

 

 泉美が深雪にご執心な事は水波も知っているので、その理由で納得した。とりあえず荷解きをしてリーナの指導に加わらなければいけない深雪は、泉美の事をいったん頭の隅に追いやり、部屋を片付けてキッチンに向かう事にした。一方の水波は、手持無沙汰感を懐きながらも、とりあえず地形を確認するために見回りをしようとして、これは普通ではないなと苦笑いを浮かべたのだった。




何処にいてもメイドの本能が働く水波……

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