服装の事はとりあえず頭から追いやり、美月たちは水波の案内で客室に向かう。
「やっほー、美月! 吉田君に西城君も」
「エイミィさん、こんにちは」
「やぁ、よく来たね」
「里美さん」
「ボクの事はスバルで良いよ。どっちが名前か分からないような感じだから」
「ではスバルさんとお呼びしますね」
途中ですれ違ったエイミィとスバルに挨拶をして、美月は自分に宛がわれた部屋に入り、その広さにびっくりする。
「凄いですね、これが客室なんですか?」
「はい。深雪様や私も使っております」
「何だか自分の部屋より広くて、ちょっと複雑です」
美月の家は、エリカや幹比古のように魔法界で名門といわれるような家ではなく、ごくごく一般的な家庭であり、その家もごくごく普通なものである。
「何かご用がお有りでしたら、そのブザーを押してください。すぐに駆け付けますので」
「そ、そんなに気を遣ってくれなくても大丈夫ですよ」
後輩なのだが、美月と水波はそれほど交流があるわけでもなく、今の水波は完全にメイドモードなので、美月としても距離感がつかみにくい。妙に畏まるのも変だし、かといって他にどうすればいいのか分からず、結局美月は普段通り丁寧な口調で水波に話しかけているのだ。
「柴田様。私にそのような丁寧な口調など不要です」
「で、でも……ほかにどうすればいいのか分からなくて、ですね……」
「柴田様が普段使われているような口調で結構です」
「普段からこんな感じなんです……」
達也や深雪にだけでなく、他の友人にも大体このような口調で話す美月にとって、普段通りと言われても困ってしまうのである。
「千葉様や西城様、吉田様には違った口調で話されているように感じましたが」
「エリカちゃんやレオ君は堅苦しいのを嫌いますから」
「では、私にもそのように話してくださいませ」
一礼して部屋から去っていった水波に、美月は複雑な思いを懐いていた。自分の立場が上という状況になれていないのもあるが、あの頑なな態度は付き合いにくいと感じていた。
「あれが仕事なんでしょうけど、ちょっと付き合いにくいかな……でもまぁ、水波さんが悪いわけじゃないですし、気にし過ぎないようにしなきゃ」
基本的に真面目で良い子な美月にとって、付き合いにくいから距離を置こうという考えはない。そんな彼女だからこそ、一科生や二科生、魔工科生といった枠を超えて人気があるのだが、本人はその事に気付いていないのだった。
美月たちの案内を終えた水波は急ぎキッチンにむかい、深雪たちの手伝いをする。
「遅くなりました、深雪様」
「美月たちの案内ご苦労様、水波ちゃん。それじゃあ、こっちを手伝ってもらうわね」
「かしこまりました」
「……ウチにも使用人はいましたが、ここまで従順なメイドさんは珍しいですわね」
「そうかしら?」
愛梨の感想をさらりと流して、深雪は料理に集中する。さすがに水波が調整体魔法師であることは四葉家の人間以外に知らせていないので、水波が従順な理由を説明できないのである。だから話題を打ち切り料理に集中する事にしたのだが、少し不自然に感じられてしまうのは深雪も承知の上だ。
「まぁ、達也様に心底心酔しているようですし、その妹として教えられていた貴女に従うのも当然かしらね」
「私は元々深雪様にお仕えするよう言い渡されておりました。主が達也さまに代わろうとも、深雪様に対する忠誠心に変わりはありません」
「私としては、もう少しフランクに付き合っていきたいのだけどね」
「滅相もございません。私は四葉家にお仕えするものですので、四葉本家に連なる深雪様に対してそのような態度を取るなど――」
「分かってるわよ。だからもう何も言わないでしょ?」
事情を知っている人間が見れば、胡散臭いことこの上ないのだが、愛梨は今のやり取りで水波の態度に納得がいったように頷いていた。
「早いところ終わらせて達也様のお側に戻りましょう」
「達也さまでしたら、先ほど西城様、吉田様とご一緒に道場の方へ向かわれましたが」
「これから稽古でもするのでしょうか?」
「見学じゃないかしら。西城君は見たまんまだけど、吉田君も結構そういう場所に興味津々だもの」
「オトコノコなんだし、仕方ないのではないかしら? まぁ、吉祥寺辺りは興味ないとか言いそうですけど」
頭脳労働が専門である吉祥寺が道場に興味を示さないのは、ある意味仕方がないことではないかと思ったが、別にフォローする必要性も感じなかったので、深雪も水波も特に何も言わなかった。
「達也様が席を外されている今こそ、準備を進めるチャンスですし、こちらも急ぎましょう」
「そうね。飾り付けを任せっきりなのも他の方に悪いですし、早いところ終わらせて私たちも合流しましょう」
「深雪様、一色様。飾り付けは千葉様が先導してやっておられますので、お二方がお気になさる必要は無さそうですよ。千葉様たちも楽しんでやられているご様子ですし」
「まぁ確かに、エリカなら楽しんでやりそうよね」
「千葉さんはそういう感じですしね」
エリカというだけで納得した深雪と愛梨は、特に急がず確実に作業を終わらせることにし、水波も二人の考えに従う。最初からこの三人は料理を完成させればそれでいいと言われているので、飾り付けを気にする必要もないと水波だけはそう思っていたのだった。
美月の家族ってどんなだろう……