真由美と香澄は当たり前のように門をくぐっていくが、泉美はさすがにそんな堂々と通り抜ける事が出来ずに、少しぎこちなく門をくぐった。
「お待ちしておりました、七草泉美様」
「水波さん、変に畏まるのは止めてください」
「泉美、仕方ないって。今の水波はボクたちと友達の桜井水波じゃなくて、四葉家従者の桜井水波としてここにいるからね。ボクが止めてっていっても聞かなかったんだから、泉美が言っても止めないって」
「水波さんも大変な立場なのは分かっていますが、妙に畏まられるのはなんだか寂しいですね。私たちの間に上下関係は存在しないと思っているのに」
「そう思っていただけているのはありがたいことですが、これが仕事ですので」
そう言われては泉美も諦めるしかないので、自分が慣れればいいかと自分を無理矢理納得させた。
「とりあえず家長である達也先輩に挨拶しておかないと。挨拶してないって司波会長に知られたら、何されるか分からないからね」
「深雪先輩のお仕置き……」
「何で恍惚の表情を浮かべてるのさ……」
いったい何を想像したのかと、香澄は双子の妹に冷たい視線を向けたが、泉美はそんな事気にせず暫く幸せそうな笑みを浮かべていた。
「お姉ちゃん、ボク最近泉美が良く分からないんだけど……」
「大丈夫よ、香澄ちゃん。私も分かってないから」
それは大丈夫なのだろうかと思ったが、理解出来ていた方が危ないのではないかと真由美が小声で付け加えたお陰で、香澄は自分が正常であると思えたのだった。
「さて、泉美が現実復帰したところで、達也先輩は何処にいるのだろうね」
「達也くんなら、さっきレオとミキと一緒に道場に向かってたけど」
「道場? 今から訓練でもするんですか?」
「レオとミキが見てみたいって言ってたからね。案内するだけじゃない?」
「そうですか……千葉先輩、ありがとうございました」
「いいって」
たまたま通りかかったエリカに達也の所在を教えてもらえたので、香澄は泉美を連れて道場に向かう事にした。
「あっ、達也先輩」
「香澄か」
「司波先輩、お誕生日おめでとうございます。これはほんの気持ちです」
「わざわざすまないな。水波、この花を活けておいてくれ」
「かしこまりました」
泉美から受け取った花束を水波に任せ、達也はお礼だけ言ってレオと幹比古を連れて去っていく。
「残念だったね、泉美。司波会長じゃなくて水波がいたの失念してたみたいだったね」
「ちゃんと受け取ってくれたことは評価しますが、その場で他の人に任せるのはどうなんでしょう」
「より詳しい人に任せるのは悪いことじゃないと思うし、そもそも達也先輩がやろうとしても、司波会長や水波、あとはお姉ちゃんとかが割り込んでやっちゃうだろうしね」
「ありえそうですわね……まぁ、司波先輩に挨拶を済ませたわけですし、私は深雪先輩のお手伝いをしてきますわね」
「お姉ちゃんが手伝いに入ったから、泉美が出る幕じゃないよ。そもそも、お姉ちゃんは最初っからその担当だったんだから、そこに泉美まで行ったら司波会長に白い目で見られるのはお姉ちゃんだし」
「深雪先輩に……見つめられる……」
「またどっかに行っちゃったよ……」
一高に入学してからというもの、双子の妹を遠くに感じる事が多くなったなと、香澄はしみじみとそんなことを考えていた。
「この娘は何をしておるのじゃ?」
「あっ、四十九院さん……ちょっと妄想の世界に旅立ってるだけですから、気にしないでおいてください」
「そう言われてものぅ……栞は分かるか?」
「分からない。でも、年頃の人にはそういう事をするのが趣味の人がいるって聞いたことがある」
「人の趣味というのは奥が深いんじゃの……ワシには理解出来ぬが、楽しそうで何よりじゃの」
「ご心配おかけして、申し訳ございませんでした」
さすがに廊下に放置しておくわけにもいかないと感じた香澄は、泉美の背中を押して客室があるフロアまで駆け足で去っていった。
「のう、栞」
「なに?」
「その趣味というのは、妄想を楽しむと解釈していいのか?」
「たぶんそうじゃない? 何を妄想してるのかは分からないけど、楽しそうなら別にいいと思うけど」
「まぁ、他人様に迷惑をかけておるわけじゃなしに、あそこまで香澄嬢が慌てる必要は無いと思ったがの」
「双子の片割れがこんなところで妄想してるのを見られたのが恥ずかしかったんじゃないの?」
「そんなものかのぅ……そういえば前に愛梨が達也殿の事を想像して似たような笑みを浮かべていたのを見たことがあったが、あの娘も同じような事を考えておったのか?」
「でも、あの子は達也さんの婚約者じゃないよ? 誰で妄想してたんだろう……」
栞が腕を組んで考え込むと、沓子も泉美の妄想世界の相手が気になってきた。
「香蓮なら何か知っておるかの?」
「そんなことまで調べてるとは思えないけど……聞いてみるのも手だと思う」
「分からんかったら、香澄嬢に聞けば解決じゃろうがの」
「慌てて逃げるくらいだから、教えてくれないと思うけど……」
「ひょっとしてアブノーマルな事を考えておるのかもしれないの」
「さすがに無いと思うけど」
沓子も冗談で言っているので、そんなことあるはずがないと思っている。もしそれが真実だと知ったらどんな風に思うのか、それは誰も知らなかった。
知らない人が見たら危ないって思うよな、普通……