新入生代表の挨拶、主席入学の深雪が担当する事なのだが、深雪は心の中でこれを進んではしたくなかった。
「(本来なら私では無くお兄様にこそ相応しい事ですのに……)」
達也に説得されたからこの場に居るのだが、深雪は未だに新入生代表は兄の達也がするべきだと考えている。
「(ですが、お兄様に晴れ姿をお見せすると約束してしまったので、これは深雪の義務なのですね)」
兄に頼まれたからと言う理由でこの場に居るなど、他の新入生はおろか、在校生も思いはしないだろう。だが深雪にとっては達也の意思こそが全てであり、その他の人間の関心など気にしないのだ。
「それではこれより、国立魔法大学付属第一高校入学式を始めます」
深雪の予定では兄の隣に座り入学式そっちのけで過ごすつもりだったのだが、代表に選ばれてしまったのではその計画は実行出来ない。
達也に説得されてなかったらしていたかもしれないが、先にも言ったように、深雪は達也の意思を最優先にする為に、今回は泣く泣く兄との時間を諦めて代表を務める事にしたのだ。
「続きまして新入生答辞。新入生代表、司波深雪」
深雪が壇上に立つだけで、男子も女子もその姿に見入られ、その口からどのような言葉が紡がれるのかを期待していた。
「この晴れの日に歓迎のお言葉を頂きまして感謝いたします。私は、新入生を代表し、第一高校の一員としての誇りを持ち、皆等しく! 勉学に励み、魔法以外でも共に学びこの学び舎で成長する事を誓います」
選民主義の強い一科生が聞いたら文句の1つでも言われるかもしれない発言を、深雪はさらりと混ぜ込んできた。
その答辞を聞いていた達也は内心ひやひやしていたが、深雪の艶姿に魅入られている新入生はそんな些細な事に気付けるだけの余裕を持ち合わせていなかった。
「(お兄様、見てくださってますか?)」
何百人の有象無象の視線より、たった1人の達也の視線を、深雪は懸命に探した。この答辞は兄が認められるようにとの願いを込めたものだったので、達也の反応をいち早く深雪は知りたかったのだ。
「(あそこにいらっしゃ……る?)」
達也の姿を見つけた深雪だが、その隣に座っている女子の姿が気になった。
中学時代から達也の周りにはそれなりに人は居たし、その中には当然女子も居たのだが、こんなにも早く達也の傍に女子が居るなんて、深雪には耐え難い事だった。
「(もしかしてお兄様は深雪を見捨てるのですか?)」
達也から深雪の事を見捨てる事は出来ないのだが、深雪はそんな事を思っていた。隣に座っている女子と、その隣の女子と親しげに話している達也の姿は、楽しそうに深雪には見えたのだ。
「(きっと気のせいですよね)」
根拠の無い不安を、根拠の無い理由で相殺して、深雪は落ち着きを取り戻した。
「司波さん、お疲れ様」
「あっ、七草会長。お疲れ様です」
達也の事を自分なりにけりをつけたところに丁度声を掛けられて、深雪は少しだけ動揺した。だが淑女としての嗜みをしっかりと見につけている深雪は、少しも動揺を表に出す事は無かった。
「なかなか面白い答辞だったわよ。皆等しくとか、魔法以外でもとか、際どいフレーズを織り込んできたわね」
「それは……」
深雪としてはなるべく気付かれないように言ったつもりだったのだが、真由美にはそれがバレていた。
責められる事を言ったつもりは無いので、深雪は如何この先輩を説得しようか悩んだ。だがそれは不要な事だった。
「別に責めるつもりは無いのよ。私としてもそう言った考えの持ち主が代表になった事が嬉しいもの。生徒会にはそう言った考えの持ち主が必要なのよ」
「生徒会ですか?」
責められると思っていたのに、逆に関心され生徒会にまで話が発展しそうになったところで、我慢出来なくなった新入生たちが深雪の周りに集まってきた。いや、在校生もちらほらと見受けられるが。
「司波さん、凄かったですよ!」
「綺麗で頭も良いなんて!」
「貴女のような素晴らしい方と同学科に居られる名誉を……」
「花冠の名の通り、この学園に咲き誇る花……」
あっという間に囲まれてしまって、身動きが取れなくなってしまった深雪。本当ならさっさとこの場を辞して達也の下に駆け出したかったのだが、初対面の、それもこれから一緒に学ぶであろう同級生たちを無視する事など深雪には出来なかった。
「そう言えば司波さん。お兄さんと待ち合わせてるのではなくて?」
「え、はい」
だからこの真由美の言葉は深雪にとっては救いの言葉だった。まさかこのまま同級生や先輩たちを蹴散らして達也の下に行くわけには行かなかった深雪は、周りには気付かれないように真由美に目礼をした。
「では、話は移動しながらしましょうか」
「はい、お気遣い頂き、ありがとうございます」
真由美が達也の事を知っていた事に少し疑問を覚えたが、それ以上にこの有象無象から離れられる喜びの方が、深雪の中では大きかった。
「そう言えば会長、良く兄の事をご存知でしたね」
少し歩いてから疑問が大きくなってきて、深雪は真由美に尋ねた。もしかしたら兄を自分から奪う相手かもしれないと思ったからだ。
「先生の間ではちょっとした噂になってるのよ」
「噂……ですか?」
また兄を貶すような噂では無いだろうか。もしそうなら先生でも……深雪の心の中はとても穏やかとは言えない事で渦巻いていた。
「入試平均98点の天才。魔法工学と魔法理論は文句なしの満点! 前代未聞だってね。深雪さんも凄いけどお兄さんも凄いのね!」
「はい、ありがとうございます!」
自分の事を褒められただけでは無く、達也の事も褒められた事が嬉しくて、深雪は心からのお礼を真由美に向けた。
この時の真由美は、心の中で深雪の事をブラコンだと判定付けていたのだが、そんな事は浮かれている深雪には知りようも無かったのだ。
次回、今回の続きを二科視点で作ります。