三高女子たちも達也の側から移動したのを見計らって、深雪が達也の側に行こうとしたタイミングで、真由美と香澄を引きつれた泉美に話しかけられてしまった。
「深雪先輩、今日はお招きいただきありがとうございます」
「私が誘ったわけじゃないのだから、私にお礼を言う必要はないわよ」
「先ほど司波先輩にもお礼を申し上げました。ですので深雪先輩にもお礼を言っておいた方が良いと思いまして」
「そうだったの? それじゃあ、どういたしまして」
深雪が笑顔でそう告げると、泉美は恍惚の笑みを浮かべて深雪の手を掴もうとしたが、香澄が泉美の暴走を未然に防ぎ、真由美が苦笑いを浮かべながら深雪に頭を下げる。
「普段からゴメンなさいね。深雪さんの前以外ならいい子なんだけど、深雪さんの前だとどうしてもこうなっちゃうのよね」
「七草先輩が悪いわけではありませんので。それに、泉美ちゃんも少しおかしなところはありますけど、基本的には良い子ですし、生徒会の仕事もしっかりとこなしてくれていますから。多少の『おいた』なら許容範囲ですよ」
「そう言ってもらえると私としてもありがたいわ。これから先、私と香澄ちゃんは深雪さんと同じ立場として生活していくわけだけど、深雪さんが小姑であることにも変わりないのだから、泉美ちゃんの事でぐちぐちと言われたくなかったもの」
「そのような心配をなさらなくても、そんな考え微塵もありませんでしたから」
ニッコリと笑みを浮かべている深雪だったが、内心「その手があったか」と真由美の言葉に感心していた。同じ立場としてあれこれ言う事は出来なくても、達也の従妹としてならいろいろといっても問題はないのだと。
「深雪お姉様がそんな陰湿な嫌がらせをするはずがないではありませんか! お姉さまは深雪お姉さまの事を侮辱しているのと同義ですよ!」
「そんなつもりは無いし、そもそも泉美ちゃんが大人しくなってくれれば、私だってこんなことで頭を悩ませなくても良かったんだから」
「深雪お姉様の美しさを前にして冷静でいられるわけがないではありませんか! お兄さまが企んだ件、深雪お姉様の許可をいただかなかった件と、司波先輩を軽んじた点は同意しかねますが、深雪お姉様の美しさを理解している点は賛同いたしましたもの」
「兄貴の意見に賛同してる時点で、泉美は司波会長の事を軽んじてるんじゃないの? 達也先輩の意見に反対した時点で、司波会長が泉美の味方になるわけ無いんだしさ」
「それは……そうかもしれませんが。ですが、私はお兄さまのように深雪先輩を反魔法師集団の標的として世間にアピールさせるつもりは更々ありませんわよ! 純粋に、深雪先輩のお美しさを世間の皆様にも知っていただきたいだけですわ」
「兄貴の考えと大差ないと思うよ。結果的に司波会長が魔法師界の広告塔になっちゃうんだし」
「……香澄ちゃんって、考えてないようで意外と考えていますわよね」
「意外って失礼だよ! ボクだって考えてるんだからね」
目の前で繰り広げられている双子の喧嘩をどうすればいいか頭を悩ませていた深雪だったが、すぐ傍に保護者がいる事を思い出してそちらに視線を向ける。深雪から視線を向けられた真由美は、ため息を一つ吐いてから香澄と泉美の頭に拳骨を振り下ろした。
「ふにゃっ!?」
「何故私まで!?」
「毎回毎回、深雪さんや達也くんに迷惑をかける事は止めなさいって言ってるでしょ! どうして貴女たちは学習しないの!」
「私は別に、深雪お姉様にご迷惑をかけるつもりなんてありませんわ!」
「ボクだって!」
「とにかく! 二人とも頭を冷やしなさい! 深雪さん、本当にゴメンなさいね」
最後にもう一度だけため息を吐いて、真由美は泉美と香澄を引きずって中庭に向かって行った。引きずられている双子は何とかして抜け出そうともがいているが、深雪の目から見ても、抜け出す事は難しそうだと感じられた。
「(これで達也様に話しかける事が出来るわ)」
そう思って達也の方に視線を向けると、既にエリカやほのかたちに囲まれて楽しそうに話している達也の姿が目に映った。
「(ほのかもエリカも幸せそうな顔をしてるわね……ううん、その二人だけじゃない。雫やスバル、エイミィも学校では見せないような表情をしてるし)」
「深雪様」
「あら水波ちゃん。何か問題でもあったの?」
背後から声をかけられても驚くことはせず、深雪はいつも通りの表情で水波に振り返り声をかける。だが水波には深雪が強がっている事はお見通しで、そっと深雪に耳打ちをした。
「(この家で生活しておられる皆様は、達也さまが部屋にお戻りになられた後達也さまを訪ねる事はいたしません。ですから、深雪様はそのタイミングで達也さまにお話しになられればよろしいかと)」
「(でも、この家のルールを破っていいのかしら?)」
「(ルールが適応されるのは『この家で生活なされている方々』ですので、ゲストである深雪様には適応されないかと)」
「(水波ちゃん、なんだか達也様のような悪知恵ね、それ)」
「(主の為にいろいろと考えるのも、私の仕事ですので)」
恭しく一礼してから深雪の側を離れた水波の背中を見ながら、深雪は彼女が耳打ちしてくれた内容を自分の中で反芻して考えをまとめる。
「(これだけ我慢したのだから、夜達也様を独占しても罰は当たらないわよね)」
そう自分の中で解釈して、深雪はパーティーが終わるまで達也に近づくことはせずに他の参加者と談笑したのだった。
悪知恵を働かせる水波