劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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初めてあずさが中心になってるような気もしないではないです……


あーちゃんの確信

 実を言うと、あずさは達也の事があまり得意では無い。年下のはずなのに自分よりも大人びてる態度や言動、それに加えてあずさと達也の身長差も関係しているのかもしれない。

 だからと言う訳では無いのだが、あずさは達也と話す時は多かれ少なかれ緊張感を持ち合わせている。その事を達也も気付いているので、あずさと話さなければいけない時はなるべく距離を持って接しているのだ。

 だが今回、あずさは自分から達也の手伝いを申し出た。元々モノリス・コードを担当していたエンジニアが、達也と組むのを嫌がった為に急遽代理のエンジニアを探す必要が出てきたのだ。そしてあずさは真っ先に達也の補佐に立候補した。

 彼女自身、達也の補佐なんておこがましい気持ちは一切持ち合わせていない。学内で見た達也の技術や、競技で事実上無敗の結果を叩きだしている実績から、あずさは達也を高校生レベルの技術者とは見ていなかった。

 それに加えてミラージ・バットで誰かが呻き声として言った言葉も、あずさの中では確信出来るくらいに膨れ上がっている。

 

「(司波君のエンジニアとしての実力、そして完全マニュアル調整……本人では無いにしても恐らくは協力者かもしかして本当に……)」

 

 

 憧れの技術者、年齢、国籍、性別さえもが非公開の天才「トーラス・シルバー」が目の前に居ると思うと、あずさは妙に昂揚してきた。まだそれが事実だと決まった訳でも無いのに、あずさは達也に妙に熱い視線を向けている。

 

「(憧れのシルバー様が、まさか高校の後輩だったなんて……でも、司波君がシルバー様なら納得出来る事が多いよね)」

 

 

 ミラージ・バットの決勝戦の時から頭をグルグルと巡っている一つの考え、「司波達也=トーラス・シルバー」この事が頭から離れない所為で、あずさは未だかつてないくらい達也を凝視していた。

 

「あの、中条先輩……何か俺についてるんですか?」

 

「え? ……い、いえ! ゴメンなさい!!」

 

 

 自分でも気付かなかった、凝視して居た事を達也に指摘されて、あずさは弾かれたように飛び退いた。

 

「……それほど驚かせたつもりは無いんですが」

 

「ご、ゴメンなさい……」

 

 

 十分な距離が開いていたにも関わらず飛び退かれた事で、達也は少なからずショックを受けたんだとあずさは思った。実際、そんな事を思える感性を達也が持っていないとも知らずに、あずさは何度も頭を下げた。

 

「いえ、そこまで謝ってもらわなくても大丈夫です」

 

 

 それだけ言うと、達也は再びもの凄い速さでキーボードを叩き始める。彼が今扱ってるのは古式魔法の術式だ。

 はじめ達也の計画を聞いたとき、あずさはそんな事が可能なのかと耳を疑った。古式魔法の術式を少し弄るくらいならあずさにも出来る。だが達也が提案したのは、起動式を読み取り、魔法発動に必要な部分のみを残し、不要な部分を削り取ると言う事だった。

 起動式を読み取る技術もさることながら、それをアレンジすると言う事は魔法式のアレンジと言っても過言では無い。つまりは新たな魔法を組み立てるのとほぼ同義なのだ。

 そして驚く事に、達也はそれをデータ上のみでやっているのだ。実際に魔法が発動してる訳では無いのに、達也にはその光景が見えているのではないかと思うくらい、彼の作業には迷いが無い。

 その作業を見ている幹比古も、驚きの表情を浮かべている。だが彼の場合はその作業の異常さにでは無く、達也の作業速度に驚いているのだろうと、あずさには分かっていた。エンジニアを志している人ではなければ、達也の今は非常に珍しいキーボードオンリーの作業スタイルにしか目を向けられないだろう。

 

「(驚く点はそこでじゃなくって、この作業をやれと言われてすぐに出来る人間が、果して高校に居るのだろうか? 少なくとも私には出来ない……ううん、きっと誰も出来ない)」

 

 

 あずさの中で、司波達也と言う人間の有している技術は高校生レベルを遥に超えていると決定付けた。その判断は他の誰かが見ていても同じだっただろうが、あずさは更に深くまで理解している。いや、理解してしまっている。

 

「(でも、如何やって確かめれば良いんだろう……会長に手伝って……ううん、それじゃ駄目だよね……気になってるのは私なんだから)」

 

 

 あずさは、真由美が達也に向けている好意が、後輩に向けているそれとは若干違う事にも気付いている。こっちの方は大体の近しい人間なら気付いているのだが、それでも気付いていない人は居るのだ。

 

「(それに、司波君の秘密……かもしれない事を会長に教えるのは、それはそれで不公平な気がするし……司波君はモテるからなぁ)」

 

 

 あずさが確認してるだけでも、達也に好意を寄せている人間は深雪、真由美の他にも居る。その子の事を考えると、真由美一人に情報をリークするのは憚られる事では無いかとまでも考えてしまっていた。

 

「(深雪さんなら知って……でも正直に答えてくれないだろうな……それじゃあやっぱり本人に聞くしか……)」

 

 

 そもそもそんな事が出来るのなら、最初から悩まないで済んだだろうに、あずさは結局のところその考えに落ち着いた。

 

「終わりました。中条先輩、チェックお願いします」

 

「………」

 

「中条先輩?」

 

 

 返事をしないあずさを不審に思った達也は、ひょっこりとあずさの顔を覗き込んだ。

 

「し、司波君!? な、何を……」

 

「いえ、返事が無かったので寝てしまったのかと……」

 

「寝てません! ……眠いのは否定しませんけど」

 

 

 現時刻は午後十一時少し前、普段から早めに睡眠を取るようにしているあずさには、かなりキツイ時間帯だ。

 

「それではチェックをお願いします。俺は自分のCADの準備をしますので」

 

「あっはい……頑張ってください」

 

 

 達也が幹比古のCADの調整にかけた時間は一時間未満、あずさにはマネ出来ないスピードだ。

 

「如何…ですか?」

 

「………」

 

「あの、中条先輩?」

 

 

 幹比古の問いかけに、あずさは答えなかった。いや、答えられなかった。

 

「(やっぱり……)」

 

 

 自分の思い込みでは無く、彼こそが憧れの人物であると確信したあずさは、幹比古の問いかけが耳に届いていなかったのだ。

 

「あの!」

 

「ひゃい!?」

 

「あっ、すいません……まさかそこまで驚くとは思わなかったものでして……」

 

 

 耳元で声をかけられて、あずさは飛び跳ねた。そして声をかけた本人、幹比古はかなり罪悪感を感じてるようだった……

 

「い、いえ……何か?」

 

「あっその……CADは大丈夫なんでしょうか?」

 

「へ? ……だ、大丈夫です!」 

 

 

 自分が何の為にこの部屋に来たのかを思い出し、自分が何の為に幹比古のCADを手にしてるのかを理解して、あずさは赤面しながら結果を伝えた。

 

「(憧れのシルバー様……お願いすれば私のCADも調整して下さるのかしら……)」

 

 

 恋する乙女……とはまたちょっと違った視線を達也に向けているあずさ。幹比古は気付かなかったが、達也にはバッチリとバレているのだった……




あーちゃん、別の意味で完堕ち……

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