一通りの愚痴が済んだ後、響子は調べていた情報を達也に資料として手渡す。データ媒体ではなく紙媒体で用意しただけで、その情報がどれだけ危険なのかを物語っていた。
「やはり彼らは止まるつもりは無いようですね」
「自分たちが正しいと思い込んで、自分たちに不都合な魔法師をこの地球上から排除しようとしてるから、よほどの劇薬でもない限り止まらないでしょうね」
「劇薬、ですか……」
達也は自分が計画している事が彼らにとっての劇薬になるとは思っていなかった。そもそも表向きの理由は達也が計画している事と同じ、魔法師の地位向上と非魔法師との関係改善なのだから、自分の計画を知ったところで驚きはするが、自分たちの計画を止めるだけの理由になるとは思えないのだ。
「このメンバーを見る限り、何故リーナが選ばれているのかが分からないですね……彼女はどう考えても実験向きの魔法師ではないはずなのに」
「護衛として選出されているのではない? 実力は間違いないんだし、襲われた時瞬時に自分の身を守れない人たちにとって『アンジー・シリウス』の名は大きいと思うのよ」
「なるほど……表向きはUSNA軍に残っているわけですし、知らない連中がリーナを護衛として選出してもおかしくはない、という事ですか……ですが、俺の正体を知っているかもしれない連中が、リーナがUSNAから抜け出している事を知らないとは思えないのですが……」
「トーラス・シルバーとアンジー・シリウスの情報、どっちが入手し辛いか比べれば、それほど大差はないものね。そう考えると確かに、リーナさんの選出理由が分からないわね……まさかリーナさんにつられて達也くんが参加するとでも思っているのかしら」
自分で言っておきながら、響子はその考えを即座に否定した。深雪ならまだしも、リーナじゃ達也を参加させるだけの影響力はない。それは自分や他の婚約者でも同じだろうと思っているので、響子は少し深雪が羨ましく感じられた。
「まぁ、発表されたところで参加してやる義理なんて無いわけですし、こちらの邪魔にならない限りは放っておいて良いでしょう」
「複数人の戦略級魔法師が絡んでいる実験をそんな風に切り捨てられるのは、世界広しといえども達也くんだけでしょうね」
「名誉の押し売りなど、迷惑極まりないと思うのですが」
「そうね。そもそも達也くんは名誉だとかそういう事に興味ないものね」
響子は達也が自分の名前ではなく『トーラス・シルバー』としてループキャストシステムを発表した経緯を知っているためそんなことを言ったのだった。
「達也くんのお父さん――いえ、深雪さんのお父さんたちは、自分たちが名声を手に入れられないからという理由だけで、達也くんの名前で発表する事を阻止したんでしょ? その時どんな気持だったの?」
「特に何とも思わなかったですね。深雪は憤慨していましたが、あのタイミングで『司波達也』が表世界で注目されるのは避けるべきでしたし、そもそも牛山さんの名前で発表しようと計画していたので、あのタイミングでの妨害は丁度良かったんですよ」
「牛山さんって、開発第三課の主任よね?」
「えぇ。結局は共同開発という形で『トーラス・シルバー』の名で発表する事で納得してもらったんですが、もしあの人たちの妨害が無かったら、ループキャストの発表はもう少し時間がかかっていたでしょうね」
「なるほど、そう考えると深雪さんのお父さんたちがしたことは都合が良かったと思えるのね。でも、今でも名前を伏せているのは何で? もう四葉家の次期当主として表世界でも注目されている達也くんなら、今更トーラス・シルバーだって発表してもそれほど騒がれないと思うけど」
「教えてやる義理もありませんし、それを発表すれば、ますます本部長たちの立場がなくなるでしょうからね。面倒事を片付けてくれているあの人たちを左遷するのも忍びないですし」
達也の人の悪い考えを聞いて、響子は思わず苦笑いを浮かべてしまう。達也がこういう事を平然と言ってのける事は知っているのだが、やはり普通の高校生ではないと思ってしまうのは避けられないのだろう。
「達也くんの考えは分かったわ。それじゃあ、こちらの邪魔にならない限りは静観、という事で良いのね?」
「構いません。それから、これからは四葉家が情報収集をするでしょうから、響子さんも危ない橋を渡る必要はありませんよ。機密情報を盗み見るなんて、いくら『電子の魔女』でも危険極まりませんから」
「あら、私の身の安全を気にかけてくれるなんて、達也くんらしくないわね。前までは都合のいい情報通のお姉さんくらいにしか思ってなかったんじゃないの?」
「前までと今とでは、俺と響子さんとの関係も違いますからね。いくら大勢いるからといっても、婚約者が危ない目に遭うかもしれないのを黙って見ているほど、俺は薄情ではないつもりです」
「あ、ありがとう……」
無関係と判断すればいつでも人を斬り捨てる事が出来る癖にと思いながらも、響子は達也の気遣いが嬉しかった。彼の中で自分は『無関係』ではないと判断されている事が、どれほど凄い事なのかを理解しているからであり、大事に思われていると実感したからだ。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「えぇ」
「それから、さっきまで深雪さんがこの部屋にいたでしょ? その事は黙っててあげるわね」
「少し話しただけですよ」
「ううん、深雪さんがそれで満足するとも思えないし、達也くんから深雪さんの匂いがするもの。それなりに密着してたと考えるのが自然ね」
「どんな嗅覚してるんですか、響子さんは」
「あんまり女をなめない方が良いわよ、達也くん。好きな相手の事なら、常識外れの能力ですら発揮するんだから」
そう言い残して、響子は部屋を出ていく。残った達也はため息を吐いてから、響子から受け取った紙媒体の束を分解したのだった。
やはり鋭い響子さん……