劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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まぁ仕方ないな……


甘い空気

 中庭でからかわれていた幹比古の許にやってきた美月は、まずその場にいるだけの達也に挨拶をする。

 

「達也さん、おはようございます」

 

「あぁ、おはよう美月。随分と早起きだな」

 

「私はいつもこのくらいですから。早起きといっても、達也さんたちの方が早く起きてるじゃないですか」

 

「俺たちのは習慣だからな。朝起きて身体を動かさないと、一日中違和感が残る」

 

「そうなんですか。それで、エリカちゃんと吉田君は何で言い争ってるんですか?」

 

「割と何時も通りだ」

 

 

 そう言って達也は苦笑いを浮かべながら家の中に入っていく。達也が教えてくれなかったので、美月は自分で確かめる為に二人に近づく。

 

「おはよう、二人とも。こんな時間からそんな大声だしてたら、他の人に迷惑だよ」

 

「あっ、おはよう柴田さん」

 

「ミキ、まだ美月の事を苗字で呼んでるの? いい加減区切りをつけた方が良いんじゃない?」

 

「僕の名前は幹比古だ! それに、どう呼ぼうが僕の勝手だろ!」

 

「まぁ、意気地なしのミキじゃ、達也くんのようにすぐ呼び方を変えるのは難しいか……たいへんねぇ、美月も。こんなヘタレが彼氏で」

 

「エリカちゃんっ!」

 

 

 美月が「彼氏」という単語に過剰反応を示す。それはエリカの思惑通りの反応で、彼女は人の悪い笑みを浮かべながら視線を幹比古に移した。

 

「こんな初々しい彼女じゃ、名前を呼んだだけで逃げられちゃうかもね」

 

「エリカだって初めて達也に名前で呼ばれた時は緊張したんじゃないのか?」

 

「あたしはほら、苗字が嫌いだから名前で呼んでほしかったからさ。達也くんの方も、深雪と区別をつける為に名前で良いって言ってくれたから、あたしたちはそんな初々しい展開なんて無かったわよ」

 

「名字で呼ばれることが嫌、か……」

 

「そういえばミキ、アンタ前まで苗字で呼ばれたくないとか言ってたけど、美月には一回もそんな事言ってないんでしょ?」

 

「柴田さんだけじゃなく、深雪さんや光井さんたちにも言ってないよ。それにもう、苗字に対するコンプレックスは解消できたから」

 

「吉田家の神童は、絶望の淵から蘇って更なる進化を遂げたってもっぱらの噂だもんね~。これも達也くんと知り合ったからなのかな?」

 

「どうだろうね……確かに達也のお陰で魔法の発動スピードの問題は解決したし、考え方についても教えられることがあった。でも達也だけじゃなく、エリカや柴田さんたちにも励まされたりしたから、僕は依然よりもまともに魔法が閊えるようになったんだと思ってる」

 

「あたしは別に何もしてないわよ。ただミキをからかって遊んでただけ」

 

 

 急に感謝の気持ちを向けられ、エリカは恥ずかしくなって顔を逸らす。だが幹比古はエリカの態度など気にせず、もう一度感謝の言葉を彼女に放った。

 

「そうやってからかってくれたことで、余計な事に頭を悩ませる時間を割いてくれたんだろ? まぁ、未だに続けてるのは止めてほしいけど、結構助かってたんだ」

 

「ふん…ミキの癖にあたしを辱めるなんて生意気よ!」

 

 

 照れ隠しからか、エリカは幹比古の脛を蹴り上げて家の中に逃げ込んだ。蹴られた幹比古はその場でもんどりうって倒れたが、すぐに美月が駆け寄って支えてくれたお陰で、すぐに立ち上がることが出来た。

 

「いたた……エリカの照れ隠しは強烈だね」

 

「大丈夫ですか、吉田君?」

 

「うん……さすがにレオや達也のように無事とまではいかないけど、僕だってそれなりに鍛えてるからね」

 

 

 幹比古が思うに、達也なら脛を蹴られても平然とした顔をしているだろうし、レオももんどりうつだろうが、人に支えてもらえなくてもすぐに立ち上がるだろうし、エリカも無事では無かっただろう。

 

「やっぱり、僕はまだまだ鍛え方が足りないな……」

 

「そんなこと無いと思いますよ? 達也さんやレオ君は確かに凄いですけど、私から見たら吉田君だって十分逞しいですし」

 

「そ、そう……?」

 

 

 照れくさそうに頭を掻く幹比古を見て、美月は恥ずかしそうに視線を逸らしながら小さく頷く。

 

「吉田君の場合は、力に物を言わす戦い方じゃないんですし、俊敏性を重視した鍛え方をしてるんですよね?」

 

「力押しは僕の魔法じゃ出来ないからね。でもよくわかったね? 柴田さんって、意外とこういう事に詳しいのかな?」

 

「いえ、他の人の事は分かりませんが、吉田君の事ですから……」

 

「そ、そう……」

 

 

 二人して恥ずかしくなり、とりあえず家の中に戻ろうと歩き出すが、幹比古の足はまだ完全にしびれが抜けているわけではなく、足をもつらせて転んでしまう。

 

「きゃっ!」

 

「あっ、ゴメン……」

 

「あの……」

 

 

 どう倒れたのかは分からないが、幹比古が美月を押し倒すような形で倒れ込んだため、二人の目がバッチリ合ってしまう。

 

「……朝這い?」

 

「雫、違うと思うよ……」

 

「き、北山さんっ!? 光井さんも……何時からそこに?」

 

「何時からって、吉田君が美月を押し倒したところ?」

 

「こ、これは事故だからねっ!」

 

「責任逃れは男らしくないよ?」

 

「雫さん、本当に違うんですよ!」

 

 

 ボケなのか本気なのか分からない雫の反応に、幹比古だけではなく美月も慌てて否定する。

 

「まぁ、被害者がそう言ってるなら、とりあえずはお仕置きは無しで」

 

「だから被害者じゃないんですよ……」

 

「雫、寝ぼけてるの?」

 

 

 ボケ続ける雫に、ほのかがツッコミを入れてこの場はとりあえず収まったが、幹比古と美月の顔は赤いままだった。




ボケボケの雫でした……

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