朝食を済ませた泉美は、深雪と水波と三人で買い出しに行くことにした。本当はあの家の住人である香澄がいく予定だったのだが、香澄に頭を下げて譲ってもらったのだった。
「深雪先輩とご一緒出来るなんて光栄の極みですわ！」
「泉美ちゃん、大袈裟よ。この間一緒にお出かけしたばかりじゃない」
「あの時は暴漢に襲われたり、その後校長室でいい思い出ではありませんので。ですが今日は！ 襲われる心配もないですし、本当に楽しみですわ」
「楽しみなのは構わないのですが、泉美さんは普段買い出しとかなさるのでしょうか？」
「深雪先輩や水波さんと比べれば大したことありませんが、私も一応はそういう事をしていますわ」
泉美だって年頃の女の子なので、料理やそれに必要な事はしてきている。だが深雪や水波は泉美とは比べ物にならないくらいの経験と実績があるのだ。
「七草先輩でも良かったんですが、何で泉美ちゃんになったんでしたっけ？」
「じゃんけんで香澄さんが負け、その後私たちが知らない間に泉美さんに代わっていました」
「香澄ちゃんはお掃除とかがあるらしくて、あの家の住人ではない私が代わりに買い出しに行く事になったのです」
平然と嘘を吐く泉美ではあるが、深雪は兎も角水波には嘘は通用しなかった。だが友人が嘘を吐いてまで深雪と一緒にいたいと思っているのだろうと考え、ツッコミは入れなかった。
「そういえば朝の話題ですが、深雪先輩はどのように思いました？」
「九校戦の話？ 中止になってしまったら悲しいけど、去年のまま開催してもまた何か問題が発生するだけでしょうし、しっかりと危険を取り除いて再開してもらいたいわ」
「その考えは素敵ですが、先輩にとって最後の九校戦ですよね？ 有終の美を飾りたいと思わないのですか？」
「私がどう考えようと、運営本部の考えが変わるわけじゃないし、残念だけど受け止めなければいけないのだから」
「深雪先輩のように考えられる人ばかりなら問題ないのでしょうが、一色さんたちが懸念していたように、納得出来ない人たちは、心無い事を言い始めるでしょうね」
「達也様の所為で九校戦が中止になったと？ そんな中傷が達也様の心に響くはずもないと分かっているのだけど、私の耳に入ったらどうなるか分からないわね……最悪、そんなことを言った人たちを停めてしまうかもしれないわね」
「深雪様、そんな事になれば真夜様が黙っていないと思いますが……」
「分かってるわよ。さすがの私だって、無差別に停める事はしないわよ。的確に達也様の悪口を利いた相手だけを停めるから」
「いえ、そういう事では無くてですね……下手をすれば真夜様も最前線でその相手を攻撃するかもしれないという事です」
「それはマズいわね……叔母様が最前線に出てしまったら、達也様に知られてしまうもの」
「問題はそこなんですか？」
真夜の恐ろしさを噂でしか知らない泉美としては、真夜が最前線に出てくるのが問題だと思っていたのだが、深雪と水波が気にしているのはそこでは無かった。
「真夜様を止められなかったと達也さまに知られてしまっては、私たちも怒られてしまうかもしれません」
「手のかかる子だと思われてしまったら、もう達也様は私たちのお側にいられなくなってしまうかもしれないわね」
「あの、深雪先輩？ 水波さんも……他の人も見ていますので、早いところお買い物を済ませましょう」
つい昨日、自分も他の人がいるところでトリップしたばかりなのだが、泉美はその事を棚上げして深雪と水波の背中を押して買い出しを再開する。
「泉美ちゃんは達也様のお側にいられなくなる私たちの気持ちは分からないでしょうね」
「私は司波先輩の婚約者ではないので、確かに深雪先輩のお気持ちは分かりませんが、なんとなく理解は出来ると思いますわ」
「本当？ 泉美ちゃんが側にいたいと思ってる相手がいるの？」
「深雪先輩ですわ！ 深雪先輩のお側にいられるのであれば、私は他に何もいりませんわ！」
「それは大袈裟よ。泉美ちゃんだって七草家の娘なんだから、結婚しないという事は認められないんじゃないかしら。私の叔母様はちょっとした事情があるから仕方ないけど、十師族の女が未婚で一生を終えるのは認められないと私は思うんだけど、水波ちゃんはどう思う？」
「私は一介の従者ですので、十師族の方々の事を考える立場に無いのですが、泉美さんの場合はお姉さんである七草真由美様、香澄さんが達也さまの結婚する事が決まってますので、さほど急いで結婚する必要性は無いと思います」
「なら問題ないですわね。私は当分深雪お姉様のお側にいさせていただきたく思っています」
「私の側にいるという事は、達也様の側にいるのと同義なんだけど、泉美ちゃんも達也様の婚約者という事になるのかしら？」
「私は別に司波先輩に好意を持っているわけではないですし、単純に深雪お姉様のお側付きという事になるのではないでしょうか」
「深雪様のお側付きは私ですので、泉美さんは単純に深雪様のストーカーと思われるのではありませんか？」
「私は別に深雪お姉様に邪な感情をぶつけたいわけではありませんので、ストーカーと一緒にしてほしくはありませんわ！」
水波から見れば、十分にストーカーの資質があるのだが、泉美がそういうのなら別に良いかと話題を打ち切り、買い出しに本気を出すのだった。
気にしたら負けですかね……