あまり汚れていないとはいえ、掃除はしっかりとしなければいけないということで、エリカと美月は共有スペースとリビングの掃除を担当する事になった。
「掃除ってあんまりしないのよね」
「あれだけ騒いだんだから、しっかりと掃除しないと」
「別にそれほど汚れてるわけではないんだし、そこまで気合いを入れて掃除する必要はないわよ。HARだってあるわけだし」
「でも、人の手で掃除した方が、なんとなく温かみがますんじゃない?」
美月の言葉に、エリカは首を傾げたが、美月が本気でそう思っているのならとツッコミは入れなかった。
「向こうではほのかさんたちが洗い物をしてるんだし、私たちもしっかりと任されたことをしようよ」
「美月、ミキと付き合い始めてから何だか変わった? 前はこんなにあたしの事を説得しようとかしなかったのに」
「何時までもエリカちゃんに遠慮してたら前に進めないって思っただけだよ。というか、まだ半日くらいなんだから、そう簡単に変わらないって」
「そうかなぁ……前だったら顔を真っ赤にして逃げ出してたと思うんだけど」
「逃げ出して良いなら逃げたいけど、そうするとエリカちゃん一人でここを掃除する事になるんだよ?」
「あたし一人ならHARに任せるけど」
「だからそれはダメだってば」
深雪から任されたことに対して手抜きをしたとバレたら、後で何を言われるか分からない。なので美月は絶対にエリカをサボらせるわけにはいけないと、心に決めていたのだった。
「そもそもこの家はエリカちゃんの家でもあるんだから、ちゃんと掃除しなきゃダメでしょ?」
「それはそうなんだけど、達也くんとミキたちがやってる訓練が気になってね……少し見に行きたいんだけど」
「掃除が終わればいくらでも見れるから、早く終わらせようよ」
「やっぱり美月、逞しくなったね……」
「こうやってお喋りしてる間にも、時間はどんどん過ぎていくんだから」
「はいはい……って、本当に広いわね、この家は」
「エリカちゃん、ここに住み始めてどれくらい経ったの?」
「えーっと……まだ半月も経ってないけど」
「なら仕方ないのかな……」
自分が住んでいる家の広さに文句を言いだしたエリカに冷めた目を向けた美月だったが、まだそれほど長い間住んでいないのなら仕方ないのかと、美月は気持ちを掃除に向け直して集中する。一方のエリカは、まだ気持ちが道場に向いているようだったが、何か思うところがあったのか掃除に集中し始める。
「早いところ終わらせて、あたしも混ぜてもらおっと」
「混ざるのは良いけど、レオ君や吉田君ともやるんだよね?」
「その二人なら楽勝だと思うけどね。武器が無くても勝てるって」
「エリカちゃんなら本当に勝てそうだね……」
エリカの実力は美月も知っているので、幹比古やレオなら五割以上の確率で勝つだろうと、そんなことを思ったのだった。
エリカと美月が掃除をしているのと時を同じくして、キッチンではほのかと雫、そして真由美が洗い物をしていた。
「これだけ大人数だと、洗い物も凄い量ね」
「先輩、達也さんが使ったお箸を睨みつけて、なにをするんですか?」
「何にもしないわよ? ただ、やっぱり達也くんが使ってるのは、私たちが使ってるのより長いなって思っただけで、特に何かをするつもりなんて無かったんだけど……北山さんはお箸を見て何をすると思ったのよ」
質問したのに質問され、雫は無意識化で何を思ったのかを意識して、顔を赤くする。
「雫? 何で急に赤くなってるの?」
「お酒の匂いで酔っぱらっただけ」
「お酒? そんなに匂うかな?」
雫の嘘に騙されてあげたほのかは、キッチンの匂いを集中して嗅ぎ始める。
「私には分からないけど、雫には何か匂ったんだね」
「北山さんは何を想像したのかしら」
相手が摩利やあずさだったら、ここで追い打ちをかけたであろう真由美も、さすがにそれほど親交のない雫には追い打ちはかけなかった。
「一緒に暮らすようになってから、達也くんのいろいろな事を知るようになったものね」
「前から聞いていましたけど、本当に達也さんは朝が早いですしね」
「エリカや壬生先輩も早起きだけど、達也さんはそれ以上」
「元々は九重先生のところで修行していたわけだし、朝が早くても仕方ないのだと思うけどね。ほら、あそこってお寺だからみんな早起きで、稽古もそれに比例して早い時間からやってるみたいだし」
「達也さんが参加しているのは組手だけだって深雪が言ってたけど、かなりのハイレベルらしいですしね」
「それは達也くんの強さを見れば分かるわね。あれだけの強さ、才能だけでは無理だと思うもの」
「先輩は達也さんの実力を何処で見たんですか? 私たちは一年の時の論文コンペの時に、その片鱗を見たことがありますけど」
「私もその時よ。たまたまマルチスコープを使ってたら、達也くんが素手で敵を倒すところが見えたの……あれは衝撃的だったわね」
「私も見た時は吐きそうでしたけど、達也さんが心配してくれたお陰で何とか耐えられました」
「エリカや吉田君も凄かったけどね」
あの時の事を思い出して、ほのかは気持ち悪さも思い出してしまい、少し気持ちを落ち着かせるためにキッチンの隅に移動した。
「ほのかが回復するまで、この量を少しでも減らさないと」
「なかなか終わりが見えないわね」
洗い物の多さに心が折れそうになっている真由美だったが、雫が淡々と作業を進めるのを見て、自分も頑張ろうと自分を鼓舞したのだった。
酒の匂いはキツイんですよね、飲めない側からすると