劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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勝てるわけ無いですし


当然の光景

 掃除を終えて道場に付き合った美月が見たものは、床に倒れ込む幹比古とレオを見下ろす達也の姿だった。倒れ込んでいる二人は汗だくなのに比べて、達也は一切汗を掻いていなかった。

 

「うわぁ、さすが達也くんね」

 

「どういう事?」

 

「美月も見てわかる通り、ミキとレオは汗だくなのに対して、達也くんは汗を掻いてないでしょ? あれは無駄な動きを一切しないで、相手を一撃で沈めてるからなのよ」

 

「そんなことが出来るの?」

 

「普通の人間には無理。たぶんあたしやミキがどれだけ鍛え上げても無理だと思うけど、達也くんはいろいろと普通じゃないから」

 

 

 自分の婚約者を『普通ではない』と表現する事に疑問を覚えたが、エリカの説明は美月にとっても分かり易いものではあったのでツッコミは入れなかった。

 

「達也さんだから出来る事で、他の人が目指そうとしても無理って事だよね? でも、そんなこと吉田君やレオ君だって分かってたと思うけど」

 

「力の差があっても組手をするだけでも得るものがあるからじゃないの? というか、あたしも一回達也くんと組手してみたいけどね」

 

「やめときなよ。エリカちゃんじゃ怪我しちゃうよ」

 

「それも大丈夫よ。ミキとレオを見れば分かると思うけど、切り傷や打ち身どころか青痣すらないでしょ? あれは達也くんがちゃんと手加減してくれている証拠」

 

「おおむねエリカの説明通りだけど、改めて言われると恥ずかしいな……」

 

「まぁ、実際手も足も出なかったんだから、仕方ねぇよな」

 

「あら、起きてたのね」

 

 

 漸く立ち上がることが出来た幹比古とレオは、エリカの憎まれ口には乗らずに、達也に向かって一礼した。

 

「完敗だよ、達也。どれだけ回数を重ねても勝てないってよくわかったよ」

 

「少しぐらい隙が生まれるんじゃねぇかと期待した俺らがバカだった」

 

「達也くんに隙が生まれるわけ無いじゃないのよ。そんな事も分からなかったの?」

 

「何十回とやれば、達也だって少しくらい体力を消耗して隙が生まれると思ったんだが、それ以上に俺たちが消耗して隙だらけになっちまったんだよ」

 

「えっ、なに。二人がかりでやってこの結果なの? 交互に挑んだとかじゃなくて?」

 

「見ての通りだよ……僕とレオの二人がかりで達也に挑んでこの結果だよ」

 

「あたしも挑もうとか思ってたけど、ちょっとやめておくわ……」

 

 

 幹比古とレオの二人を同時に何十回も組手をした後だというのに、達也の佇まいには一部の隙も見えない。エリカは気配だけでそれを感じ取り、挑む前から白旗を揚げたのだった。

 

「エリカには今度剣術の稽古の相手をしてやる」

 

「達也くん、武器術の方も結構やるんでしょ? さーやが言ってた」

 

「殆ど素人だがな。剣道部の指導も、見てどうすればいいのかを言っただけで、具体的な何かをしたわけではないし」

 

「でもあの後、剣道部が格段に強くなったのは確かだよ。ちゃんと結果が出てるんだから、達也くんもちゃんと取り組めば相当な腕になるって」

 

「でもよ。達也の場合武器なんて無くても手で相手を切り裂けるだろ? 逆に邪魔になるんじゃねぇか?」

 

「レオ」

 

 

 その時の光景を思い出してしまったのか、美月が口を押えて視線を逸らした。この場に『普通の』女の子がいる事を思い出して、レオは左手で頭を掻きながら美月に謝罪した。

 

「ワリィ……美月はそういった世界で生きてないんだったな」

 

「アンタも厳密にいえばあたしたちとは別世界なんだけどね。アンタは自分で足を踏み入れたんだから、文句は言わせないわよ」

 

「言わねぇっての。とにかく、美月には思い出させたくない事だったようだし、悪かった」

 

「いえ……大袈裟な反応をしてしまって、私の方こそゴメンなさい」

 

「美月が謝ることではないと思うがな。とにかく、達也は武器なんて持たない方が強いんだから、下手に武器術なんて身に着けたら、動きが鈍くなるんじゃねぇかって話だ」

 

「達也くんなら動きが混ざるなんてことは無いと思うけど、レオが気にしてる事も確かよね」

 

「そもそも達也はエリカの稽古相手をするだけで、自分が鍛えるつもりなんてないんじゃないかい?」

 

 

 幹比古の問い掛けに、達也は軽く肩を竦めて答える。その動きだけでおおよその答えを理解した三人は、話題を変えることにした。

 

「というか、アンタたち汗びしょびしょじゃないの。早くシャワーでも浴びて汗を流してきなさいよね。このままじゃ道場がアンタたちの汗で汚れちゃうじゃないの」

 

「そうさせてもらおうか。達也、シャワー借りるよ」

 

「そこの奥の部屋がシャワールームだ。着ていた者は乾燥機に入れておけば、シャワーが終わる頃には乾いてるだろう」

 

「そりゃいいな。深雪さんのように魔法で綺麗に出来れば楽なんだろうが、俺たちにはそんな技術もないし、有ったとしてもそれを実行するだけの魔法力がねぇからな」

 

「深雪さんと比べれば、僕らの魔法力なんて微々たるものだからね」

 

 

 そういいながらシャワールームに引っ込んだ男二人を見送り、達也はエリカに視線を向ける。

 

「それで、稽古していくのか?」

 

「達也くんの相手なんて無理だって分かってるから、今日は止めておこうかな」

 

「そもそも私はエリカちゃんの付き添いですから」

 

 

 初めから稽古するつもりが無かった美月がそういうと、エリカと達也は顔を見合わせて笑ったのだった。




エリカも実力者ですけどね……

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