試合合間の天幕では、幹比古がずっとそわそわしていた。それを見たレオは呆れ気味に幹比古に声をかける。
「少しは落ち着いたら如何だ?」
「そんな事言われても……むしろレオは良く平気だね。こう……そんなに接点のある相手じゃないのに……」
苦し紛れに幹比古が答えた言葉に、深雪が艶やかな笑みを浮かべて反応した。
「吉田君は意外と人見知りなんですね」
背もたれに寄りかかり、だらりと力を抜いている達也の肩を揉みながら深雪が幹比古に声をかける。
「幹比古の反応が普通だと思うぞ。少年はシャイなんだ、許してやれ」
「あら、お兄様のシャイな姿など、深雪は見せてもらった事がありませんけど?」
半目を開き軽く上を向きながらの達也のツッコミに、深雪は更に表情を明るくする。それを見た幹比古は更に表情を赤らめるのだった。
深雪が達也のマッサージをしているところに、真由美とあずさが入ってきて、あずさはその姿を見て一瞬で茹で上がった。そして真由美は少し面白く無さそうな視線を達也に向けた。
「何でしょうか?」
「いえ……」
達也に見つめ返され、真由美は少し視線を逸らした。そして再び視線を向けた時には、達也は立ち上がり休めの姿勢を取っていた。
「(軍人さんみたいよね、達也君って……)」
「会長?」
「次のステージが決まりました」
「何処です?」
「市街地ステージです」
昨日の事故(と言っておく)があったにも関わらず、市街地ステージを使うとは本部も大変だと達也が思ってると、あずさがジッと達也を見ていた。
「何か?」
「いえ……西城君のCADは如何するのかなと……」
「如何、とは?」
あずさはさっき鈴音から聞かされた疑念をそのまま達也に言う。もちろん鈴音から聞いたとは一言も言わずに……
「なるほど、さすがは市原先輩。見事な観察眼です」
だが達也はあっさりと背後の人物を言い当てた。
「ですがご安心を。十メートルの剣として使えないのなら、一メートルの剣として使うだけです」
「それは?」
首を傾げるあずさを他所に、達也はレオに視線を向ける。そしてその視線を受けたレオは、力強く頷いた。
一高対二高の試合は、昨日の事故にも負けない運営側の対応で、モノリスは廃ビルの中に設置されていた。スタート直後、達也は魔法を使わずにビルからビルへと飛び移る荒業で移動していく。
「幹比古、聞こえるか」
『聞こえるよ』
「あまり時間は無さそうだ。さっさと始めるぞ」
『分かった』
達也は達也に貼り付けられた精霊を活性化させるために魔法を発動する。達也自身、精霊魔法は使えない。だから幹比古が不活性化させて達也に貼り付けた精霊を、達也が喚起魔法で活性化させたのだ。
自分が契約中の精霊に呼ばれ、幹比古は達也が喚起に成功した事を知る。
「(本当に、何で君が二科生なんだい?)」
喚起魔法は、そう簡単に成功出来る魔法ではない。専門に扱ってる幹比古なら兎も角、二科生が簡単に使えるはずの無い魔法を意図も簡単に成功させた達也に、幹比古は心の中でそう聞いた。
だが今はそんな事を気にしてる余裕は無い。『感覚同調』の一つ、『視覚同調』で達也が喚起した精霊と繋がっている幹比古は、モノリスの位置を探るべく精霊を動かす。
「(……あった)達也、見つけたよ」
達也に通信でそう伝え、幹比古は精霊を相手にバレ無いように移動させた。
一方達也は、幹比古からモノリスの位置を聞き、ここから如何動くかを考えていた。彼は今、天井に張り巡らされた配管にぶら下がっているのだ。
「(通信の電波を掴んだのか……だがさすがに上に居るとは思わないか)」
二高の選手が視野狭窄を起こしてるのを幸いに、達也は頭上から選手を無力化し、床に向けて魔法を放つ。ここからモノリスまでは七メートル、十分射程内だ。
「待て!」
ディフェンスのもう一人が達也に気付き、達也に誘導されるがままにモノリスから遠ざかる。その間に幹比古は、精霊の目を通してモノリスに記されたコードを読み取り入力していく。
一高の勝利が決まった瞬間、一高天幕では摩利がつまらなそうにしていた。
「アイツ、遊んでたな」
「そうなの?」
「達也君なら『鎌鼬』なんか無力化するのなんか容易いだろうし、相手選手を無力化するのだって容易いだろ」
「摩利、忘れてるのかも知れないけど、私たちが達也君に代役を押し付けたのは昨日の夜なのよ? いくら達也君が規格外だからって、半日も無い時間で二人分のCADを調整して作戦を考えてってしてたら、実力を発揮できなくても仕方ないわよ」
「それは……そうだが……?」
「ムッ! 何よ?」
言い包めた相手の報復を感じ取って、真由美が身構える。
「真由美、随分と達也君を庇うが、まさか本当に……」
「そ、そんな訳無いじゃない!」
随分と女子高生らしいやり取りをしている二人を、同じ天幕で見ていた鈴音と克人は呆れながら眺めていた。
そしてそんなやり取りが行われてたのと同時刻、観客席でも選手を見ながら考え事をしている少女が居た。
「何だ……もうちゃんと魔法使えてるじゃない」
「エリカちゃん?」
幹比古の戦い方を見て、エリカが考え深げにそんな事をつぶやいていた。
「(ミキ、気付いてる? アンタはもう立ち直ってるんだよ。神童と呼ばれてたあの頃と同じくらい……ううん、それ以上に上手く魔法を使えてる。いい加減気付きなさいよね)」
「エリカちゃん!」
「えっ? 美月……如何かしたの?」
「如何かしたのじゃないよ! ずっと呼びかけてるのに反応しないから」
「ゴメンゴメン、ちょっと考え事」
「何考えてたの?」
美月の問いかけに、エリカは少し答えに詰まったが、不審がられる前に反応出来た。
「達也君は兎も角として、二人はこの後の試合大丈夫かな~とかよ」
エリカの嘘にまんまと騙された美月は、「きっと大丈夫」とか、「二人だって頑張ってるんだから」とかエリカに言った。
もちろんその事はエリカにも聞こえてるはずなのだが、エリカの意識は美月には向いていなかったのだった。
そして更に同時刻、一般観客席で二人の軍人が試合を観ていた。もちろん軍服では無く私服でだ。
「手の内を見せるなと言ってる我々にも問題はあるが、些か手を抜き過ぎてないか?」
「しょうがないですよ。達也君には秘密にしなきゃいけない事がいっぱいあるんですから」
「そうは言ってもな……」
山中軍医少佐と藤林少尉は、達也が軍事機密魔法を使わないかを監視する為に見学しているのだが、達也に少しでも本気を出してほしいとも思っているのだ。
「でも、いくら達也君でも一条のプリンス相手なら『フラッシュ・キャスト』は使うと思いますよ?」
「……藤林、お前やけに楽しそうだな」
「そんな事無いですよ」
達也に好意を寄せている響子としては、達也が戦ってる姿を見るだけで満足なのだ。軍務としての戦闘は、出来る事なら達也にさせたくないと考えている響子は、こう言った「達也本来の魔法」を使わない戦闘を見る分には楽しめるのだろう。
その事が分かってる山中軍医少佐は、一人ため息を吐くのだった……
達也と響子の絡みをもう少しやりたいな……