劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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待ち焦がれてる人が……


通達

 二人に許可を出す為に、深雪は朝一でカウンセリング室を訪れた。自分には一生縁がないものだと思っていただけあって、入る時は少し緊張した面持ちであった。

 

「あら、司波さんがこんな時間に相談かしら?」

 

「白々しいですよ、小野先生。私が来るの、分かってたんですよね?」

 

 

 こんな時間からカウンセリング室で待機しているのだから、当然自分が来ることも、その用件も分かってて当然だと深雪は思っている。後ろに控えている水波も同じ気持ちなのか、深雪と同じような表情を浮かべていた。

 

「まさか朝一で教えてもらえるとは思ってなかったけど、万が一司波さんがこの時間に来ても対応出来るようにって思ってただけよ」

 

「嘘ですね。今か今かと待ち望んでいたのですよね? その空のカップ、いったい何杯のコーヒーを飲んだんですかね」

 

「二杯しか飲んでないわよ!」

 

「つまり、それだけの時間待っていたという事ですか」

 

「あっ……」

 

 

 自分がそわそわしていたことを指摘され、遥は急に恥ずかしさを覚え深雪から視線を逸らした。遥を打ち負かした深雪だったが、そんなことで気分が晴れる事は無く、ますます沈鬱な表情になっている。

 

「叔母様からの返事をお聞かせします」

 

「っ! お願い」

 

 

 それが本来の目的であり、自分が待ち望んでいた事だったので、遥はすぐに表情を改めて深雪を見詰める。

 

「結論から申し上げますが、お二方の同居は許可されました」

 

「ほんとっ? 良かった……」

 

「ただし、幾つかのルールを設けます」

 

「ルール?」

 

 

 同居するにあたって必要な事なのだろうと思い、遥は喜んでいた表情を引き締め、再び深雪を見詰める。見詰められている深雪は、そんな視線をもろともせず淡々と話し始める。

 

「まず第一に、達也様への過剰な接触は禁止です」

 

「過剰なって、具体的には?」

 

「過度のボディタッチや一昨年の九校戦の時のように、身体を密着させることもダメです」

 

「何処で見てたのよっ!? というか、あれは誤解だからね!」

 

 

 誰にも見られていなかったと思っていたので、深雪に知られていた事で遥はあからさまに動揺したが、深雪はそんな事には取り合わずに話を先に進める。

 

「第二に、当番制になっている家事はしっかりとこなしてもらいます。もちろん、お二人が担当する回数は他の方より多くなるでしょうが」

 

「……それくらいは覚悟してるわ。私たちは婚約者ではなく愛人としてあの家に入るんだから、同等な立場ではないって分かってるわ」

 

「そうですか」

 

 

 深雪が随分と冷めた目を自分に向けてきている事に気付いた遥は、思わず居住まいを直して居心地の悪さを解消しようと試みるが、あまり効果は無かった。

 

「そしてこれは当たり前の事ですが、達也様に愛してもらおうと試みた時点で、あの家からは出ていってもらいますので」

 

「愛してって、要するに特別な関係を結ぶって事?」

 

「そうですね。はっきりと言えば、達也様と繋がろうとした時点で四葉家の総力を以てお二人を追い出す事になるでしょう」

 

「達也君がそういう事に興味が薄いことは知ってるし、婚約者の人より先に寵愛を貰えるとは思ってないわよ」

 

「それなら良いのですが」

 

 

 ここにきて漸く遥は、深雪が婚約者の頂点として自分に釘を刺しているという事に気が付いた。達也は誰が一番だとか明言していないが、婚約者の中でもやはり深雪が一番なのではないかと囁かれている。だから他の婚約者たちは、深雪にこの件を一任したのではないか、そんな考えが遥の頭をよぎった。

 

「それから、貴女方が提案してきた、私も月に数日あの家で生活したらどうかという事ですが、それは無しで構いません」

 

「意外ね。司波さんだって達也君と一緒に暮らしたいんじゃないの?」

 

「当然です! ですが、私があの家で生活すれば、今ある均衡はあっという間に崩れてしまうでしょう。達也様の側にいられるだけで良いと思っていた時期が長かっただけに、その枷が外れた状態で達也様と長時間一緒の空間にいるのは些かマズいと判断しました」

 

「でも、達也君が引っ越すまでの数ヶ月間、貴女は妹ではなく従妹として過ごしてたのよね? その間は我慢出来たんだから、一日くらいは問題ないんじゃない?」

 

「それは、達也様と一緒に生活してるタイミングで関係が変わったから耐えられただけで、一度離れて暮らしてしまった今では、その我慢は長く持たないでしょう。今も達也様に触れたくて仕方がないのですから、あの家で生活してしまったら、二度とあの家から離れる事が出来なくなってしまうでしょうし」

 

「それだけ達也君の事が好きなのね」

 

「さて、同じことを安宿先生にも話したくありませんので、彼女には小野先生からお伝えくださいませ」

 

「え、えぇ……分かったわ」

 

 

 今まで以上に冷たい目を向けられ、遥はそう答えるしか出来なかった。遥の返事を聞いた深雪は、立ち上がり一礼して、無言でカウンセリング室を出ていった。

 

「深雪様、お辛い役目お疲れ様でした」

 

「別に疲れてないわ。水波ちゃんも、よく耐えてくれたわね」

 

「私は後ろで深雪様の話を聞いているだけでしたので、それほど大変ではありません。ですが、深雪様はかなり大変だったのではないかと思います」

 

「そうね……でも、これは私が受け止めなければいけない問題なのよ」

 

 

 そう言って、深雪は水波を置いて教室まで向かって行った。水波はそんな深雪の背中に頭を下げ、音もたてずに深雪を追いかけたのだった。




水波も情緒不安定になりそうだ

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