遥との話し合いを終えて生徒会室にやってきた深雪と水波を、泉美が心配そうに出迎えた。
「深雪先輩、カウンセリング室に行っていたそうですが、何かお悩みがあるのでしょうか? もしそうでしたら、この七草泉美がお話を聞かせていただきます」
「そういうわけじゃないのよ。ちょっと小野先生に用事が出来たのでカウンセリング室に行っただけで、悩みを聞いてもらったわけじゃないのよ」
「そうでしたか……良かったです」
もし深雪がカウンセリング室の世話になるのなら、真っ先に原因としてあげられそうな泉美ではあるが、本人にはその自覚がないため、悩み相談では無いと聞かされホッと息をついていた。事情を知っている達也とほのかは特に気にした様子ではないが、事情を知らない詩奈は泉美同様ホッとした雰囲気を醸し出していた。
「そういえば先ほど、吉田委員長が深雪先輩を探しておりましたが」
「吉田君が? 何かあったのかしら」
「後程顔を出すと言っておりましたので、それまでは気になさらない方がよろしいかと思います」
「わざわざ来てもらうのも悪いわね。ほのか、残りの仕事はどのくらい?」
「大丈夫、後は私たちだけで終わらせられるから、深雪が行きたいなら風紀委員会本部に行って来て良いよ」
「あらそう? でも、会長である私がサボりというのも体裁が悪いから、少しだけ片付けてからにするわ」
そういってほのかから案件を受け取り、会長の椅子に腰を下ろして作業を始める。主である深雪が仕事をしているのだから、当然水波も自分の分の書類を処理し始めるので、お茶の用意はピクシーが担当した。
「会長、なんだかきな臭い噂が流れているのですが、気にしないで良いのでしょうか?」
「一年の間でも?」
「はい……九校戦が中止になるかもしれないという噂と共に、その原因が司波先輩だという噂が流れています」
詩奈の報告に、達也と泉美以外のメンバーがため息を吐いた。
「こうなるとやはり、意図的に噂を流してる人間がいると考えた方がよさそうね」
「もしかして、さっきの吉田君の話もそれと関係してるのかな?」
「たぶんそうだろう。この前十三束が風紀委員と部活連で話し合って生徒会に意見を上げると言っていたからな」
「司波先輩は吉田委員長の訪問をご存じだったんですか?」
どことなく非難めいた視線を向けてくる泉美に、達也は首を左右に振って答える。
「幹比古が来ることは知らなかったが、用件に関しては何となく聞いていたというだけだ。本当にその用件で来たのかは知らない」
「ですが、普段なら報告は北山先輩がいらっしゃるのに、わざわざ吉田委員長がいらっしゃったのですから、恐らくはその件だと思いますけどね」
「もしかしたら香澄が何かやらかして、雫がお説教してるのかもしれないだろ」
「それは…ありえそうですね……」
幹比古が叱るよりも雫が叱った方が効果があるだろうと泉美も思っているので、達也のあげた可能性に思わず納得してしまう。
「それで司波先輩。例の噂は本当なのでしょうか?」
「ある面から見れば本当だろうが、別の面から見れば嘘となる」
「どういう事でしょうか?」
「噂を流している人物は真実だと思い込んでいるのだろうが、事実は異なるという事だ」
「つまり、噂を流していると思われる人物は、司波先輩が原因で九校戦が中止になるかもしれないという事を真実だと思い込ませているということでしょうか?」
「本当はどうか分からないが、たぶんそうだろうな。でなければこんなに早く噂が浸透するわけがない」
そもそも一高にしか「達也が原因で――」という噂は流れていないのだから、達也の考えている通りなのだろうが、確証もないのに後輩を信じ込ませるのは、噂を流している人物と大差ないのであくまで可能性だと達也は言ったのだ。
「というか、普段だってまだ九校戦の競技は発表されていないんだし、根も葉もない噂で済むかもしれないんだから、それほど大騒ぎする必要は無いと俺は思う」
「そうですね。司波先輩、ありがとうございました」
詩奈から見ても、深雪やほのかが説明するよりも、達也に説明してもらった方が説得力が増すようで、達也の説明を受けて詩奈は噂の事を気にしないと決めたようだった。
「そういえば達也さん、今日は仕事が終わっても山岳部に顔を出さないんですね」
「この状況で俺が顔を出せば、山岳部の連中が気まずくなるだけだからな。レオから連絡があったが、今日はここでゆっくりする事にした」
『マスター、コーヒーのおかわりは如何でしょうか?』
「いや、今はいらない」
『かしこまりました。ご要望の際は、ぜひお声をお掛けくださいませ』
水波に対抗しているのかは分からないが、やけに積極的なピクシーを下がらせて、達也は腕を組み考えをまとめる為に瞼を閉じた。
「(この段階で俺を悪者に仕立て上げようとするなら、やはり怪しいのは遠山つかさだろうが、七草智一の可能性も捨てきれない。遥さんと響子さんに調べてもらっているが、この二人以外の場合遥さんでは厳しいだろうな)」
別の可能性として、海外からの情報操作も疑っている達也は、そっちの場合だと面倒だなと。出来れば国内の敵であってくれと願うのだった。
「達也さま、ここはどう処理すればいいのでしょうか?」
「あぁ、それなら――」
考えるのを止めた達也は、水波の質問に丁寧に答えるのだった。
何処まで考えているんだか……