劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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星を呼ぶ少女編、突入


大戦時代の遺物

 小笠原諸島、父島南東三十五キロの海上に小さな島が浮かんでいる。島の名前は『南盾島』。北東から南西に延びる長細い火山島で、本来の平地は島の北西側にわずかしか存在しない。世界が戦乱の時代へと向かっていた二〇三〇年代、無人島だったこの島に国防海軍の拠点が設けられ、僅かな溶岩原に人工地盤を継ぎ足し、大型戦艦が停泊可能な港を建設し、沖合に千メートル滑走路を備えたメガフロートを浮かべた。島が『南盾島』に改名されたのも、海軍の基地が置かれた時だった。南盾島は小笠原諸島海域における、国防海軍の一大重要拠点となった。

 大戦終結後も、この島が国防海軍にとって重要拠点であることは変わりはない。また、近年は大戦期に拡充された補給用工場の余剰生産力で観光客向けのショッピングモールを運営しており、観光地としての知名度も高まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西暦二〇九六年三月二六日、もうすぐ日没の頃。今日も多くの艦船が南盾島軍港を出入りした。港を利用する船は、戦闘艦ばかりではない。軍の委託を受けた民間の運送船や調査船もこの港で補給を受けている。

 今も一隻の資源探査船が、ガントリークレーンで円筒形の大型機械を搬入している。見ただけでは用途が分からないその機械に奇異の目を向けるものがいないのは、ここが海軍施設内だからだろう。無用な詮索が行われない事も、この港の利点だ。

 恐らく大戦中のミサイル駆逐艦を改修したのであろうその船は、平面が多いステルス形態をしていた。艦首にはフレミングランチャーがまだ残っているが、肝腎のVLSが貨物スペース、観測機械収納スペースに変わっている――少なくとも、外見上は。

 円筒形の機械は、この倉庫に積み込まれた。クルーは既に乗船しているのか、人の行き来は無い。この大型機械積み込みが最後の作業だったのか、クレーンが離れてすぐ、資源探査船は出港した。夕日を背に東へ向かうその船の船腹には「だいこく」の文字があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南盾島を出港して三時間、島の東百六十キロの公海上。だいこくの内部では白衣を着た科学者、技術者が計器と格闘していた。この様子を見れば、だいこくの航海が資料探査を目的としたものではないことが分かる。稼働している機械類を見る者が見れば、この船がそもそも資源探査船などではないことが分かるだろう。

 倉庫に設置された円筒形の機械は直径十メートル、高さ十メートル。名称は『計都』。九曜の一つ、凶星の名を持つ大型機械下部には十二の円筒形ハッチがあり、それぞれのハッチから椅子が床に降りている。その内の九脚に入院着のような飾り気のないワンピース――貫頭衣と表現した方が良いかもしれない――を着た少女が、シートに埋もれるようにして座っていた。

 

「ラグランジュ2の宇宙望遠鏡ヘイムダルとのデータリンク完了。標的を確認。照準、固定しました」

 

 

 宇宙望遠鏡ヘイムダルHighly Advanced Mechanism for Destructive Asteroid Lookout「破壊的な影響を及ぼす天体を発見するための高度なメカニズム」。地球に衝突する恐れがある小天体を早期に発見する目的で作られた全天観測システムだ。

 ヘイムダルの建設には日本政府も出資しており、国防軍はそのデータにアクセスする権限を持っている。全天観測システムと言っても視野は地球から太陽の反対側を見た百八十度だが、その範囲内であればハードウェアの設定を変更しなくても、任意の宙域を観測する事が出来る。「照準」を固定する事が出来る。

 

「データ照合。照準データ修正不要」

 

 

 別のコンソールのモニターには、計都の作業状況とそのシートに座っている少女のバイタルデータが表示されていた。

 

「起動式最終確認」

 

 

 別の研究員が声をあげる。この言葉で分かるように、円筒形の機械は大型CADだった。しかも、魔法師が乗り込んで操作するタイプのCADではなく、魔法師を内部に取り込んで魔法式を出力させるタイプだ。

 

「フォーマット、全て正常」

 

「定数、照合完了」

 

「変数、照合完了」

 

「サイオンアクティビティ、基準値以上」

 

「各バイタル指数、いずれも許容範囲内」

 

 

 最後に、少女のバイタルデータをモニターしていた九人から致命的な数値は出ていないことが報告される。

 

「『わたつみ』シリーズ、サイオンウェーブ、同調開始」

 

 

 一段高い所から各員の作業状況を眺めていた老科学者が、命令に慣れた口調でそう告げた。少女たちの身体から想子光が発せられる。肉眼では見えない光だが、科学者が見詰めるモニターにははっきりと映っている。その想子光に『計都』が反応している様子は、彼らの目でも見て取る事が出来た。

 

「サイオンウェーブ、同調レベル上昇。三、四、五、必要レベルに到達」

 

 

 モニターに表示されていたデータを読み上げる声と前後して、少女たちが座るシートが、空席の椅子も含めて計都の内部に吸い込まれていく。

 

「サイオン自動吸引」

 

 

 少女を呑み込んだ開口部のハッチが閉まり、少女たちの姿は厚い金属の壁に隔たれ見えなくなった。

 

「起動式出力用サイオン確保」

 

 

 研究員が老科学者に振り返る。

 

「起動式出力開始」

 

 

 老科学者は頷くこともせず、そう命じた。少女たちから想子を吸い込んでいた計都が、起動式を吐き出し始める。計都の表面をもつれ合う幾重もの輪になって回転していた起動式は、内部で九つの複製を作り出し、少女を飾る冠となって彼女たちを侵食し始めた。




さて、どう変えていこうかな

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