劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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このころはカッコいいんですが……


暗躍する男

 太平洋上に浮かぶだいこくに、随伴船は無い。だが海の上に付き従う物は無くても、海中に迫りくる船影があった。全長五十メートル。だいこくを少し下回るサイズの、原子力潜水艦。この時代、原子炉を兵器に搭載する事は国際条約により明確に禁止されている。実際、空母を含めた水上戦艦に原子炉が搭載されている事はない。

 だがこれは、各国が誠実に国際条約を遵守しているからでは無かった。原子炉は核分裂阻止魔法により容易に停止する為、所在が探知されにくい潜水艦にしか使われていないというだけなのだ。所在を示す物を一切身に着けていない潜水艦が、海上に停泊するだいこくに迫る。だが自分たちを更に追跡する人影があることを、潜水艦の乗務員は気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 資源探査船――いや、最早偽装に付き合う必要はないだろう。実験艦『だいこく』艦内では、計都による起動式出力と少女たちに対する起動式の強制読み込みが続いていた。

 

「起動式読み込み、順調に進行中」

 

 

 強制。計都に閉じ込められた少女たちの表情は皆、虚ろだ。彼女たちは能動的に起動式を読み込み、魔法式を構築出来る状態にはない。

 

「起動式読み込み、九十パーセントまで完了」

 

 

 しかしそれは、大半の研究員と彼らを束ねる老科学者にとって、問題にすべきことではなかった。少女たちはその為に作られたのだ。

 これまでのところ、実験は順調に進んでいる。そのことに老科学者は、満足げな笑みを浮かべた。

 

「最終セーフティ解除」

 

 

 自らの気の緩みを戒めるように、老科学者は表情を引き締めて部下に命令を発する。

 

「ミーティアライト・フォール、発動」

 

「最終セーフティ解除」

 

 

 老科学者と共に一段高い席に座っていた研究員が、老科学者の指示を復唱する。

 

「起動式読み込み完了」

 

 

 計都から出力されていた起動式が消える。複製された起動式が全て、計都の中にいる少女たちの中に吸い込まれる。

 

「ミーティアライト・フォール、発動します」

 

 

 その言葉と共に、研究員はコンソールの赤く塗られたボタンを押した。放心状態だった九人の少女が、一斉に大きく身体を震わせた。

 余剰想子光が天に向かって伸びる。まだ何の変化も観測されていないが、確かに魔法が発動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法の発動は海中でも観測されていた。正確には、だいこくを追跡している潜水艦に乗り込んだ魔法師が観測した。

 潜水艦がスピードを上げ浮上する。明らかにだいこくを捕捉しようとする動きだ。攻撃ではなく、拿捕しようとしているのだろう。狙いは間違いなく、たった今実験が行われた魔法だ。

 潜水艦のクルーは、だいこくに意識を集中していた。別の言い方をすれば、すっかり気を取られていた。センサー役の魔法師だけでも、上に気を配っていたら、もしかしたらその人影を発見できたかもしれない。この段階で気づいていたとしても、手遅れだったが。

 海面近くを翼も無く飛行していた人影が急角度で上昇した。その男性の身体を纏っているのは、五ヶ月前、日本軍が初めて実験投入した飛行服、ムーバル・スーツと同じコンセプトで作られた、飛行ユニットを内蔵する戦闘服に違いない。

 飛行服の男性はすぐに空中で向きを変え、急降下の勢いを以て海にダイブした。男の手には、日本刀に似た武装デバイス。男は潜水艦の横をすり抜けざま、武装デバイスを一閃した。潜水艦が泡を噴き出して折れる。いや、斬られた。鋭利な断面は、原子炉格納容器の十メートル程前方を横切っている。

 デバイスのCADにプログラムされていたのは、分子間結合力反転術式『分子ディバイダー』の起動式。USNA魔法師部隊『スターズ』の前総隊長ウィリアム=シリウスが開発した『分子ディバイダー』は、電子の電荷の符号を見かけ上逆転させる領域魔法だ。

 平面と見まがう程に薄い板状に展開されたこの魔法の発動領域内では、電子が正の電荷をもつように振る舞う。その結果、電磁気的引力が斥力に逆転する。分子同士の結合も分子を構成する原子同士の結合も、突き詰めれば正の電荷と負の電荷の間に働く引力で結びついている。この引力が斥力に改変された極薄の領域内では、分子の結合が解かれ気体化する。バラバラになるだけでなく、分子同士が反発して領域外に飛び散っていく。

 カミソリの刃のように薄い領域で移動するにつれて、軌道面の物質が気体化していく。その現象は、魔法の刃で物質が割断されていくような外観を呈する。

 この魔法の刃を何十メートルも伸ばす事で、飛行服の男は原子力潜水艦を、原子炉格納容器に傷つける事無く切断したのだ。

 海中で反転した男は、空を飛んでだいこくから遠ざかっていく。やがて、彼の進路上で波が割れた。海中から現れた巨大潜水艦のサイズは、男が切断した原潜の優に二倍はある。甲板に着地した男がヘルメットのバイザーを上げる。露わになった顔は、スターズのナンバー・ツー、ベンジャミン・カノープスのもの。

 

「あれが大戦時代の遺物……」

 

 

 カノープスは水平線の向こうで薄れ行く余剰想子光の柱を見ながら、まだ光がも届かぬ彼方の現象を魔法の感覚で認識したのだった。




後々やらかすんですよね……

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