劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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リーナを帰国させといてよかった


リーナの帰国

 羽田発、アルパカーキ直行便。着陸態勢に入った飛行機の窓から見える懐かしい風景に、少女は思わず笑みを浮かべた。彼女の名は、アンジェリーナ=クドウ=シールズ。またの名をアンジー=シリウス。USNA軍参謀本部直属魔法師集団スターズの総隊長にして、国家公認戦略級魔法師「十三使徒」の一人。所属する国家から戦略級兵器に匹敵する価値があると公的に認められた、世界に十三人しかいない魔法師の内の一人だ。

 その意味と立場を考えれば民間機に乗って国外から戻ってくるなど考えられない。それ以前に、部隊単位の軍事行動以外で出国させることなどありえないはずの彼女が、まるで普通の民間人のような顔をして日本からの飛行機に乗っていた事には、ちゃんと理由がある。本人的には複雑で深刻な、客観的には深刻だが単純な理由が。

 彼女は新たに観測された戦略級魔法師を拉致、または抹殺するための秘密工作員として日本へ派遣されていたのだ。その魔法は、去年の十月三十一日に観測された。日本に進攻しようとしていた大亜連合艦隊を、海軍基地ごと破壊させることによって、発見はされていない。現時点、二〇九六年三月二七日現在、まだその正体は判明していない。ただ、未知の戦略級魔法が使われた対象とタイミングから見て、その魔法師は恐らく日本に住んでいると推測されているだけだった。

 

「(本当に大変だったけど……終わってみれば良い思い出ね)」

 

 

 アンジェリーナ、通称リーナは、心の中で呟いた。強い口調で。自分自身に言い聞かせるように。そのように思い込まないと、帰国後の任務に差し障りがある。そう危惧しての事である。

 事実から目を逸らすのも、時には必要な事だ。忘却は、人が未来へ進めるようにと神様から与えられた恵みなのだから。人は、後悔せずにはいられない生き物だ。世界には「自分は後悔したことがない」と広言する種類の人間もいるが、彼らは自分自身の心から目を背けているか、さもなくば単に強がっているだけだ。後悔は反省に繋がり、改善、成長に繋がる。

 だが往々にして、人は後悔に足を取られ前に進めなくなる。だから時には後悔を忘れ、後悔の原因になった事実そのものを視界の外に押しやって、足枷を無理矢理にでも外す事が必要になる。リーナはスターズ入隊前の訓練で、ある教官からそう教えられていた。

 

「(……深雪には勝てなかったけど! 達也には何度も煮え湯を飲まされたけど!)」

 

 

 唇から妙な笑いが漏れそうになって、リーナは慌てて頭を振った。

 

「(それもこれも、全部終わり! こうして帰ってこられたんだから、いい思い出だわ!)」

 

 

 リーナは更に強く、自分自身に言い聞かせる。

 

「(……ハイスクールもまあまま楽しかったし。あの兄妹と知り合ったのも、悪い事ばかりでは無かったわね)」

 

 

 リーナの唇が、笑いの形を作る。その笑みは意識してのもの――では、無かった。

 

「(達也、か……)」

 

 

 何度も煮え湯を飲まされた相手だが、リーナはそんな相手に特別な感情を懐いていた。

 

「(何を考えているのか全然分からなかったけど、悪い人では無さそうだった……ミアを助けてくれたし、私が原因で暴れだしたパラサイトを消し去ってくれたりしたし……)」

 

 

 戦略級魔法師の拉致、及び抹殺の他にも、リーナには任務が与えられていた。それはUSNA内でパラサイトが発生し、そのパラサイトに乗っ取られたUSNA軍人の抹殺だ。

 

「(まさかミアがパラサイトに乗っ取られていたとは思わなかったわ……達也がいなかったら、私がミアを殺さなければいけなかったわけだし……)」

 

 

 軍人として甘いと言われるかもしれないが、リーナはその任務を、出来る事なら実行したくなかったのだ。既に何人もの同族殺しを請け負っているが、そんなものに慣れる事は無かったし、快感を覚えることも無かった。

 

「(達也の最期の言葉……軍人を辞めたければ、か……)」

 

 

 達也は最初から自分に軍人など向いていないという事を見抜いていたのだろうかと、リーナはそんなことを考え始める。

 

「(命じられたことには私情なんか挟んじゃいけないなんて、分かり切ってたことだと思ってたんだけどな)」

 

 

 いくら割り切っていたとはいえ、所詮十六の少女だ。そう簡単に人殺しを受け入れられるわけがない。もしそんな人間がいるなら、それは生粋の殺人鬼か、人として何処か壊れた人間だろうとリーナは思い始めていた。

 

「(達也は殺すなと言っていたけど、私はそんな忠告には耳を貸さずに殺しまくっていた……もしかして、既に人として壊れ始めている?)」

 

 

 あの時はアンジー・シリウスとしての威厳やUSNA軍の面子を考えて、脱走兵を始末する事だけに集中していたが、よくよく考えたら喜々として人を殺めていたのかもしれないと、リーナは今更ながらに自分の行動に恐ろしさを覚えた。

 

「(……やめやめ! もう日本からUSNAに帰ってきたんだから、同族殺しやパラサイトの追跡なんかに頭を悩ませるのはおしまい! 私は、USNA軍参謀本部直属魔法師集団スターズの総隊長、アンジー・シリウスなんだから)」

 

 

 自分に言い聞かせるように心の中で呟き、リーナはもう一度頭を振って思考から司波兄妹の事を追いやろうとするのだった。




次回、リーナポンコツ劇場開幕?

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