劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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弄られ役はやはり美月


みんなでバカンス

 小笠原諸島、聟島列島媒島。ここには北山家のプライベートビーチ付き別荘がある。北山家の長女である雫は春休みを利用して、国立魔法大学付属第一高校の同級生と共にこの別荘へ遊びに来ていた。その白い砂浜には今、達也を除いた元一年E組のメンバーが水着姿で遊んでいる。公的な場では肌の露出を抑えるという寒冷化時代のルールが未だ健在の二十一世紀末だが、これは公的な場所での決まり事であって私的な場所には適用されない。夏場の行楽地は露出度を競うような若い男女で溢れているし、海やプールでは普通にセパレートもビキニも見る事が出来る。

 ましてやここはプライベートビーチであり、見知らぬ他人の目もない。万事開放的である意味度胸があるエリカだけではなく、内気で恥ずかしがり屋な美月も、予想外に大胆な水着に身を包んでいる。いや、大事な所だけを隠している。その所為で目の定まらない男子が若干一名。だがしばらく遊んでいる内に、シャイな少年も無事慣れたようだ。

 エリカ、美月、レオ、幹比古の四人は今、スイカ割りに興じている。挑戦しているのは美月だ。目隠しをしてバットを手にふらふらしている美月へ、他の三人が思い思いに声をかけている。

 

「柴田さん、もっと右だよ、右!」

 

「は、はい!」

 

「それだと行き過ぎだ、もう少し左に戻れ!」

 

「はい! えっ、えっと……」

 

「何言ってんの、そのまままっすぐでしょ!」

 

「こ、こっち?」

 

 

 幹比古の懸命な声援に応えようと右に二歩、三歩進み、レオの声に目隠しをしたまま慌てて左を向き、にやにや笑っているエリカの表情が見えないが故に、美月は馬鹿正直にまっすぐ進む。

 

「柴田さん、そっちは……」

 

「そこよ!」

 

「えいっ! ……あれ?」

 

 

 幹比古の制止はエリカの叫びにかき消され、振り下ろされたバットは虚しく砂を打った。

 

「エリカ、何で嘘を言うんだ」

 

「それも醍醐味じゃない」

 

 

 幹比古が険しい声でエリカを詰るが、エリカはまるで平気な顔だ。自分と幹比古の言い争いに困惑している美月のところへ、エリカは歩み寄っていく。

 

「しかしスイカをバットで割るって何の意味があるんだろうな。砕けて食べ辛いと思うんだが。それより普通に切り分けた方が良いんじゃないか?」

 

 

 スイカの側にしゃがみ込んでいたレオが素朴な疑問を口にした。

 

「スイカ割りは伝統的な浜辺の娯楽なんだから、文句をつけるのは野暮ってもんよ」

 

「でも、食べにくいだろ? 食べ物を粗末にするのはどうかと思うぜ」

 

「男のくせに、細かいわねぇ……」

 

 

 いったんは律儀に答えたエリカだが、すぐに面倒臭くなったようだ。あるいは、最初からそのつもりで美月に近寄っていたのかもしれない。

 エリカは美月の手からバットを抜き取った。そして美月がバランスを崩して倒れる前に、幹比古の方へ軽く押しやる。

 

「きゃっ!?」

 

「な、何をするんだ!」

 

 

 可愛い悲鳴を上げてよろめいた美月を抱き留めて幹比古が叫ぶ。顔を赤くした幹比古と慌てて目隠しを外した美月へ人の悪い笑みを向け、エリカはバットを振り上げた。

 

「お、おい!?」

 

 

 レオが焦りを露わにしてエリカを見上げる。彼女が振りかぶったバットは、眩しい日差しの中でもはっきりと見える想子光を放っていた。

 

「これなら文句ないでしょ!」

 

「うおっ!?」

 

 

 そのセリフを気合い代わりに、エリカがスイカ目掛けて振り下ろす。バットはスイカに接触する本当に寸前で止まった。レオが腰を抜かしたように仰け反るその前で、剣閃が四度、走った。

 エリカが手にしているのは白木のバットで、それはピタリと制止している。だが、レオは確かに、鋼の瞬光を見た。

 スイカが八等分に割れる。あくまで滑らかな断面を見せて。

 

「エリカちゃん、すごーい!」

 

「ふふん、どうよ。きれいでしょ?」

 

 

 手を叩いてはしゃぐ美月の称賛に、エリカは満更でもなさそうだ。

 

「マジかよ……」

 

 

 レオはただ、呆れかえるばかり。

 

「嘘だろ……想子光で実体物を斬るなんて、魔法の理に反している……」

 

 

 三人から一歩退いたところで呟く幹比古の言葉は、波の音にかき消されて誰の耳にも届かなかった。

 

「これなら食べにくくもないし、食べ物を粗末にもしてないでしょ?」

 

「まぁ確かに、これなら普通に切ったのと変わらねぇし、食べやすいな」

 

「でもエリカちゃん、こんな事普通出来ないよ?」

 

「まぁあたしも、目隠しした状態でこれをやれと言われても出来ないと思うわよ。出来るのは達也くんくらいだと思うし」

 

「達也なら、バットなど使わずに手で切れそうだけどな」

 

「それ言えてる」

 

 

 今見た光景以上の非常識な会話に、幹比古は呆れるのすら馬鹿らしくなり、三人の側に移動する。

 

「柴田さん、怪我はない?」

 

「えっ、はい。吉田君が受け止めてくれましたので」

 

「そもそもエリカ! 目隠ししてる柴田さんからバットを奪い取る事はないだろ!」

 

「ちゃんと手加減したし、ミキが支えるだろうって分かってたから」

 

「僕の名前は幹比古だ! というか、普通にバットを受け取ればそれでよかっただろ!」

 

「レオだけじゃなく、ミキも細かい事を気にし過ぎよ」

 

「エリカが大雑把すぎるんだろ!」

 

「まぁまぁ吉田君。エリカちゃんも。せっかくだからスイカを食べよう、ね?」

 

「……そうだね。エリカが大雑把なのは今に始まった事じゃないし」

 

 

 美月に諭された形だが、幹比古は決して気分が悪そうではなかった。エリカはそんな幹比古を見て、軽く肩を竦めて自分で切ったスイカを食べる事にしたのだった。




エリカの術はさすがだな

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