響子と別れた達也は、正面ゲートでとある人物を待っていた。
「小野先生、ご苦労様です」
「目上の人間にご苦労様は……って、分かっててやってるんでしょ……」
注意しようとして、達也が人の悪い笑みを浮かべてるのに気付き、遥はため息を吐き八雲から渡されたものを達也へと手渡す。
「私は宅配業者じゃないんですけど?」
「文句は師匠に言ってください。俺は別に先生を指名したわけじゃありませんので」
手渡された荷物に目を向けながら、遥の愚痴に答える達也。良く考えなくても年上相手にするような態度では無いのだが、遥も別に気にしたりはしない。
「それ、何に使うの?」
「モノリス・コードの決勝で使います」
「あれ? 司波君、競技に出てたんだ」
「師匠から聞いてるんでしょう? 顔がにやけてますよ」
「少しくらい嫌味言ったっていいじゃない! 私は司波君と師匠のパシリじゃないのよ!」
「……それじゃあ本業での働きをお願いしても?」
達也が少し考えてから発言したのに、遥は一瞬迷ったが、本業と言われてスイッチが入ったのか、すぐにさっきまでの態度と違った態度で接してきた。
「しょうがないわね。悩みを抱えてる生徒を競技に出す訳にはいかないものね。何でも相談して頂戴」
「いえ、そっちでは無く諜報の方です」
「……何を聞きたいのかしら?」
カウンセラーとしての仕事ではなかった事にちょっと残念そうな雰囲気だった遥だが、達也から頼まれた事を理解した途端にそんな感情は何処かに吹き飛んでいった。
「無頭竜のアジトと、その構成員のデータを」
「っ!? 何で無頭竜の事を知ってるの!?」
「自分たちにちょっかいを出してきてる相手の事を知っててもおかしく無いでしょう? そしてその相手の事を調べておくのも当然かと」
「……無頭竜は公安も調べてるところなの。手出し無用だからね」
「ところで小野先生、この体勢は誤解を招くと思いませんか?」
達也の指摘に、一瞬何の事か理解出来なかった遥だったが、自分が達也に抱きついてるように見られても仕方ない体勢だと言う事に気がついてもの凄い速度で離れた。
「……司波君が何を企んでるのかは知らないけど、一日くれればそれなりに調べられると思うわ」
「一日ですか、さすがですね。報酬は内容によって決めますが、それなりには弾むつもりですので」
「……ホントに高校生なの?」
人にものを頼む態度も、またやる気に出させ方もとても高校生に思えなかった遥は、達也に面と向かってそう言った。
「高校生ですよ。歳を誤魔化したりは出来ませんから」
「それにしては大人じみてるというか汚れてるというか……」
「年齢では無く経験ですからね、そこら辺は。俺は色々と経験してるだけです」
達也の言葉に首をかしげたが、これ以上は何も答えてくれないだろうと雰囲気で悟った遥は、そのまま会場には入らずに帰っていった。そして達也は預かった荷物を持って天幕まで向かうのだった。
達也が広げた荷物を、真由美は興味深そうに眺めていた。
「それ、コート?」
「いえ、マントです」
「こっちも?」
「それはローブです」
八雲が持って来たものをしっかりと視ている達也は、真由美の相手をしながらもその視線は荷物に固定してある。
「何に使うの?」
「もちろん試合にですよ。一応デバイスチェックには出しますし、駄目だと言われたら諦めますけど」
視終わった達也は、漸く視線を真由美へと移したが、集中してた為、その視線は何時もよりも鋭く、また険しかった。普通の女子高生が向けられたら驚くような視線だったのにも関わらず、真由美の表情には驚きの色は無く変わりにほんのりと赤らいでいた。
「なぁ達也君、決勝に進んだ時点で新人戦の優勝は確定したんだ。もう勝ちに拘らなくても良いんだぞ」
「これを使えば勝てるって訳ではありませんけど、怪我防止には使えますからね。それに勝てる見込みが低いのも分かってます。ですが、一条選手は何故だか俺を意識してるようですしね。分かりやすい挑発までしてきて、このまま簡単に負けるのは性に合いませんから」
「だが司波、何か策でもあるのか?」
普段はあまり話しかけてこない服部が話しかけて来た事に、達也は少し意外感を覚えたが、それで答えが遅れる事も無い。
「先ほども言いましたが、一条選手は俺を意識して本来の戦い方ではない戦法を取って来ました。そこになら付け入る隙はありますよ。もちろん、それほど勝気がある訳では無いのには変わりませんがね」
「そうか」
達也の返事に納得したのか、服部は腕組みをして下がった。代わりに真由美が達也に質問を続ける。
「さっき摩利が言ったように、新人戦の優勝は確定したんだからね。無茶だけはしないでほしいの。あんな事故で森崎君たちが怪我をして、更に達也君まで怪我されちゃったら困るもの。それに達也君はまだ本戦ミラージ・バットが残ってるんだから」
「分かってますよ。第一相手はあの『クリムゾン・プリンス』ですからね。一介の高校生たる俺が相手出来るようなヤツではありませんから。無理そうならさっさと負け犬に甘んじますから」
「そう……」
「それじゃあチェックに行ってきます」
マントとローブを持って天幕から出た達也の後を、深雪が追いかけるように続いた。
「お兄様」
「何だ?」
「先ほどお兄様が仰られたように、相手は強力です。その上『本来の魔法』を使う事が出来ない……その使わせない側の人間である私が言うのもですが……お兄様はそれでも誰にも負けないと信じています。決して負け犬に甘んじる必要は無いですからね」
自分が言いたい事を言った深雪は、足早に天幕へと戻って行った。
「やれやれ……時代が時代なら深雪の為に死のうとか考える輩は大勢居ただろうな」
自分がその最たる人物だと自覚してる達也は、苦笑いを浮かべてデバイスチェックへと向かった。この時達也は存在を探っていなかった。もし誰に聞かれると警戒していれば気付けたのだろうが、まさか誰も居ないだろうと思っていたので、深雪も達也も周りを気にせずに会話していたのだった。
「『本来の魔法』……如何言う意味なんだろう……」
偶然その場に居合わせた雫は、深雪の言った『達也本来の魔法』と言う意味を考えた。だがもちろん答えに辿り着く事は出来ない。
気になるのなら達也か深雪に直接聞けば良いのだろうが、雫は本能的にこの事は触れてはいけないパンドラの箱だと理解し、自分の胸の内に止めておく事にした。
「(ほのかにも言えない……聞けば教えてくれるかもしれないけど、聞いちゃ駄目な気がするんだよね……何で聞いちゃったんだろう……)」
偶然でしかなかったのだが、雫はその偶然を恨んだ。次に達也と会った時、普段通りでいられるか不安になって来た雫だったが、その事を誰かに相談する事はしなかった。
雫を本格的に達也のものとするために、あえて聞かせました