達也へのお礼を済ませたほのかは、先ほど見ていた光景を思い出して興奮した口調で話し始めた。
「あのスイカ割りっていうの、凄く楽しそうだよ」
少しはしゃいでいるのは、ほのかもスイカ割りを生で見たのが初めてだったからだ。レオが言ったように「食べ物を粗末にする」という理由で、スイカ割りが遊びとして行われることは少なくなっていた。
「エリカ、見事に斬ってた!」
「斬ってた?」
ほのかの言葉を微笑まし気に聞いていた達也が、訝し気な声を上げる。彼は想子の波動が瞬間的に高まったのを感知していた。だがそれは「切断」という事象改変を伴うものではなかったはずだ。
「美月が挑戦していたのではなかったかしら?」
「うん! 美味しい。美味しいよ、雫!」
達也とは別の個所が気になり深雪が質問をしたが、達也も深雪も、二人ともほのかから答えを得られなかった。彼女の意識は口にしたドリンクにすっかりシフトしていたのだ。その姿を見て、深雪がくすりと笑う。
「何となく想像がつきますね」
「そうだな」
彼女が笑みを零したのは、目の前で無邪気に振る舞うほのかと、砂浜で演じられたに違いないエリカの傍若無人な振る舞い、双方に対してだ。
達也は自分の疑問をいったん横に押しやって、深雪に笑顔で頷いた。魔法に関する考察は、一人になった時にでもすればいい。そう考えたのだ。
「そういえば雫。USNAはどうだったの?」
「特に感想はないかな。一人しつこく私の事を誘って来てた男の子がいたけど」
「それって、雫に気が有ったんじゃないの?」
「たぶんそうなんだろうけど、なんだか子供っぽいなって感じた。でもその後、彼が子供っぽいんじゃなくて、達也さんが大人っぽいんだって考えたら、なんだか相手するのが面倒になった」
「俺の事?」
三人の会話を聞いてるだけだと思っていたところで、いきなり自分の事が話題に上がり、達也は思わず口を挿んだ。
「達也さんも知ってると思うけど、レイだよ」
「あぁ、一度だけ見たことがある」
「あの人が雫に付きまとってたの?」
「うん。名前を説明する時、ティアドロップの雫って説明をしたんだけど、その所為で『ティア』って呼ばれるようになった。一々ツッコむのも面倒だったから、そのままにしてたけど」
まったく相手にされていないと気づけなかったのかと、深雪とほのかはレイモンドという人物を軽んじたが、彼が雫に付きまとっていた本当の理由をなんとなく知っている達也としては、呼び方などあまり関係なかったのだろうと感じていた。
「レイは情報通だったけど、彼の説明はイマイチ分かりにくかったから、そのまま覚えて達也さんに伝えたんだけど、役に立ったんだよね?」
「あぁ。雫のお陰で吸血鬼騒動の解決の糸口を見つけられた」
「役に立てたなら良かった」
何時も通り無表情に見えるが、確かに雫は喜んでいる。更に注意してみれば、どことなく照れているように深雪とほのかの目には映っていた。
「それで、その付きまとっていた男の子とは、帰国の際何もなかったの?」
「何も無いよ。達也さんに伝えてほしいって伝言は預かったけど、私に対しては何もなかった。たぶん相手にされてないと気づいてたのかも」
「達也さんに……伝言? その子は達也さんと直接面識はないんだよね?」
「何でも九校戦の映像を見たことがあったみたい。でも私や深雪じゃなくて、達也さんの事だけを覚えてたらしいよ。後で私の事も見たことがあったって言ってたけど」
「それだけお兄様の活躍が衝撃的だったのではなくて? 私や雫は、お兄様がバックアップしてくださったお陰で勝てたのだから」
「私もそう思ったけど、なんか違う目的がありそうにも感じたんだよね。達也さん、レイから何も連絡は無いの?」
雫の問いかけに、達也は笑顔を浮かべたまま首を横に振る。そもそもレイモンドからは一方的に連絡があっただけで、達也から彼に連絡を取った事はないのだ。
「そういえばほのか」
「なに?」
「ほのかの想いが原因で目覚めたパラサイトって、学校行けば見れるの?」
「っ!?」
雫の何気ない問いかけに、ほのかは飲んでいたドリンクを吹き出しそうになり、何とか堪えた。だがむせてしまい、しばらく何も言えない状態になってしまう。
「……い、いきなり何を言うのよ」
「散々愚痴に付き合わされたんだから、私にもその原因を見る権利があると思う」
「それは……」
夜中に電話で叩き起こされて一時間以上愚痴に付き合わされたのだからと、雫はパラサイトを見てみたいと主張する。
「その子は今、ロボ研が所有している3Hの中にいるよ」
「3Hの中? どういう事?」
「強い感情を元に目覚めたパラサイトが3Hに憑依しているという事よ。今は誰かに害を為そうとは考えていなくて、お兄様に尽くしたいというほのかの感情で動いているの」
「うぅっ……恥ずかしいから言わないでよ」
「あら? お兄様に尽くしたいと願っていたのはほのかで、ピクシーはその気持ちをお兄様に伝えただけよ?」
「あんな大勢の前で言われた私の気持ちが、深雪には分からないの?」
「私ならあそこまで取り乱さないと思うけどね」
「まぁ、深雪は普段から達也さんに尽くしてるもんね」
「えぇ。それが私の生き甲斐ですもの」
雫の皮肉にも、深雪は満面の笑みで答えた。あの時の恥ずかしさがよみがえってきたのか、ほのかは顔を真っ赤にして達也から視線を逸らしていたのだった。
やったのはだいぶ前ですけど、この時間軸だとちょっと前ですから