劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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陸軍の戦略級魔法

 達也が所属している国防陸軍一○一旅団の基地は霞ケ浦の西岸、土浦にあるのだが、今日は霞ケ浦の北東にある国防空軍百里基地に呼び出された。ここには航空宇宙指令室がある。

 飛行艇の中で一○一旅団独立魔装大隊の軍服に着替えた達也は、その防宙指令室の一室の前で足を止めた。認識票が放つ信号と立体顔認証によりドアが開く。達也はそのまま前に進み、デスクの前で敬礼した。

 

「楽にしてくれ」

 

 

 デスクの奥に座っていた風間玄信陸軍少佐・独立魔装大隊隊長の声に、達也が「休め」の姿勢を取る。

 

「早速だが」

 

 

 風間がそう言うと同時に、彼の斜め後ろに立っていた真田繁留大尉が手元のリモコンを操作して壁面にスクリーンを下ろした。達也たち三人が見上げるスクリーンに太陽系の土星までの軌道モデル図が映し出され、地球軌道と火星軌道のほぼ中間に光点が表示される。

 

「火星公転軌道と地球公転軌道のほぼ中間宙域で、小惑星の不自然な軌道変更が観測された」

 

「不自然な、でありますか?」

 

「軌道が突如内側に折れ曲がったそうだ」

 

 

 地球の公転方向に表示されていた光点が内側へ急激に軌道を変え、地球を表す円盤が四十五度程進んだ所で光点と重なった。

 

「その為、当該小惑星が地球に衝突する可能性が高まった」

 

「地球に衝突する確率はどの程度なのですか」

 

「その確率は現段階で九十パーセント以上と計算されています」

 

「ほぼ確実に落ちてくるということですか」

 

 

 達也の言葉に、風間が頷きを返す。

 

「そうだ。当該小惑星2095GE9、コードネーム『ジーク』の直径は最も長い所で百二十メートル、最も短い所でも八十メートルある。『ジーク』大気圏突入による破壊規模は一九〇八年六月の『ツングースカ大爆発』に匹敵するか、これを上回ると予想される」

 

 

 一九〇八年六月、シベリアのエニセイ川支流、ポドカメンナヤ・ツングースカ川上流上空で起こった隕石の空中爆発。その威力はTNT火薬換算で五メガトンに達すると推測されている。広島に投下された原爆の三百倍以上の爆発力だ。

 

「更に悪い事に、ジークが空中爆発を起こす確率が最も高い地点は東シナ海上空だ。日本側にズレれば、九州地方に甚大な被害が生じる。この事態を放置することは出来ない」

 

「はい」

 

 

 達也が相槌を打った。確かに、運任せに出来る事態ではない。風間が達也に鋭い視線を向ける。

 

「よって、大黒特尉に命じる。マテリアル・バーストを以て、ジークを破壊せよ」

 

 

 大黒特尉と呼ばれた達也は、風間に向かって敬礼で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ムーバル・スーツを着て大型ライフル形態のCADサード・アイを手に持った達也が、半球状のの大型スクリーンの内部に立った。通常は迎撃シミュレーションに使われる部屋だが、今、スクリーンにはリアルタイム――正確には光が届くタイムラグがあるので、約三分前の小惑星2095GE9の映像が映し出されている。映像と言って単なる光点で、それも反射光を映像処理で増幅したものでしかない。

 だが達也にとっては、今まさに光でつながっているというだけで、情報次元における存在を認識するには十分だった。

 

「マテリアル・バースト、発動準備」

 

 

 風間の声に、達也がサード・アイの「銃口」を小惑星の光点へ向けた。彼の「視界」に、三分光を隔てた小天体の「姿」がリアルタイムで結像する。発動準備を命じられた達也が「準備完了」と答えるまでに要した時間は一秒前後。

 

「質量エネルギー変換魔法、マテリアル・バースト、発動」

 

「マテリアル・バースト、発動します」

 

 

 たったそれだけの準備時間で、反物質爆弾に匹敵する破壊力が解放される。その映像は、三分光の未来にしか確認出来ない。

 今この瞬間、小惑星2095GE9で何が起こっているのか把握してるのは達也だけだ。小惑星の地球へ向いている面で、およそ二トンの岩塊がこの世界から消え去った。その質量が全てエネルギーに換わる。

 質量をエネルギーに変換するといえば対消滅が連想されるが、あれは正確に言えば質量を持つレプトンやハドロンが質量を持たない光子に変換されている現象だ。物質が持っていた質量がエネルギーに変換され、光の波が別の物質に作用する。対消滅で生成されるのは光子だけではなく、一部がニュートリノになる。ニュートリノはほかの物質と殆ど相互作用を起こさないから、その分の質量はエネルギーとして観測されない。

 だが達也のマテリアル・バーストは、物質を直接エネルギーに変換する。質量を消し去って、そこに「質量相当のエネルギーが存在する」空間を出現させる。この膨張する空間に触れた物質は激しく振動し、加速され、燃焼、融解、蒸発、崩壊、爆発などの変化をもたらす。表層面でTNT火薬換算四十ギガトンの熱に曝された小惑星は、一瞬で融解し、蒸発し、気体化する圧力で粉々に砕け散った。宇宙に露出した面では活発な対生成と対消滅が起こったが、その光は月光と星々の煌めきを圧倒する程のものでは無かった。

 

「小惑星2095GE9、コードネーム『ジーク』の消滅を確認。任務完了」

 

「ご苦労だった」

 

 

 達也が魔法を発動してから数分の時間を要して、漸くモニターでも消滅が確認され、今回の達也の任務は完了となった。

 

「では、自分はこれで」

 

「わざわざすまなかったな。媒島まで送らせよう」

 

 

 当然その予定だが、あくまでも任務達成の報酬という形を取った風間に、達也は敬礼で答えたのだった。




説明長かったなぁ

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